芥川賞や直木賞が発表される時期になるとソワソワしてしまう、そこのあなた!
今回は芥川賞受賞時にその受賞コメントで世間の話題となり、かつその作風・文体によって多くの純文学愛好家を引き付けてやまない、田中慎弥氏の小説をご紹介します。
田中慎弥氏の芥川賞初受賞作!
本作は第146回芥川賞受賞作です。毎回、芥川賞や直木賞が発表されると大変話題となりますが、この作品はおそらく最近の発表作のなかでも最も知名度の高い小説の一つでしょう。いまこのブログをお読みの方の中にも、「共喰い」という小説を読んだことが無くてもその作品名は知っている、という方も多いことと思います。
そうです!
この作品は著者の「もらっといてやる!」という発言が波紋を呼び、一部で物議を醸した作品。
私はこの「もらっといてやる!」発言は知っていたのですが、その発言だけに気を取られてしまっていたためか、最近までこの作品を読まずに日々を過ごしてきました。
正直に言います。当時すぐに読まなかったことを後悔しています…。
本作は、内容、文章表現ともに正当派の純文学です。田中慎弥氏は三島由紀夫や川端康成の作品を愛読しているとのことで、純文学愛好家にとっては必読の作家さんといえるでしょう。
しかも、作家の多くがパソコンで文章を入力して作品を仕上げているこの時代に、田中氏は鉛筆を使って手書きで仕上げています。す、すごい…!
本作では、表題作の「共喰い」と「第三紀層の魚」という短編が2作、そして瀬戸内寂聴氏との対談「書きつづけ、読みつがれるために」が収録されています。
それではこれから、各短編と対談の内容を一緒に見ていきましょう。
共喰いーー田舎町で起きる父子の物語
昭和63年夏、昭和最後の夏に川辺の田舎町を舞台に物語は進みます。
行為の際、一緒に暮らす琴子(ことこ)に暴力を振るう父・円(まどか)に蔑みを感じる一方で、同じ血を引く子の遠馬(とおま)は自分にもその衝動があることに戸惑いを覚えてーー。
「馬あ君は、殴らんっちゃ。ほやけど、こんなんでええっかっちゅう疑問持つの、正しい。」
引用元:田中慎弥『共喰い』「共喰い」(集英社)
本作、瀬戸内寂聴氏との対談でも触れられていますが、女性がとても魅力的に描かれています。どの女性もとてもやさしい心を持っていて、肉体的な弱さを跳ね返すほどのしなやかな強さを帯びています。
結末は読み手が男性か女性かで少し感じ方は違うかもしれません。しかし、ラストはとにかく衝撃的です…!輪をかけて驚かされるのは、作家がその衝撃に飲み込まれず、むしろ淡々と、記録者に徹しているかのような眼差しで言葉を紡いでいることです。
全体をとおして地域ゆかりの方言で登場人物達が言葉を発するのですが、衝撃的な出来事、方言から連想される穏やかでのんびりとした空気感、そしてそれを記録する第三者としての作者、という構図が本書の醍醐味ではないかと思います。
表題作「共喰い」は映画化もされましたね。私はこちらは未確認なのですが、菅田将暉氏の演技を是非見たいところです!
第三紀層の魚ーー曾祖父の人生
小学4年生の信道(のぶみち)は4歳の時に父を失った。仕事に精を出す母・祥子(さちこ)が忙しい時は父方の祖母・敏子(としこ)の家に寄り、96歳になる曾祖父・矢一郎(やいちろう)へ釣果を報告する日々を過ごしている。休日には日の丸を掲げねば、と信道を急かす曾祖父の容態は悪化しーー。
曾祖父は昔から、休日には日の丸を家の前に掲げてきた。日本人じゃったら当然やないか、昔はどこの家も日の丸くらい持っとるのが当り前じゃった、ということだった。
引用元:田中慎弥『共喰い』「第三紀層の魚」(集英社)
作者の田中慎弥氏は、4歳の時に実のお父様を失っているようです。「共喰い」と同様、本作でもたくさん登場する方言に加えて、「自身の人生経験を少し反映した形で小説を書かれているのかな?」という印象を持ちました。
本作の主人公は信道という小学生ですが、曾祖父の矢一郎を中心にして物語が展開していきます。これは、「共喰い」において主人公の遠馬ではなく父の円の言動によって物語が展開していく姿と少し似ているかもしれません。
また、本作では日の丸や勲章といった戦前の大日本帝国を彷彿とさせる品が登場します。これらが本作で重要な役割を担うアイテムである一方、そこに政治的な主張はあまり含まれていないように感じました。読者の政治に関する考えは何であれ、小説のなかでそれらの道具がどのような要素として位置づけられているのか、いろいろな読み解き方がありそうです。
瀬戸内寂聴氏との対談ーー書きつづけ、読みつがれるために
最後に収録されている瀬戸内寂聴氏との対談では、「もらっといてやる!」発言に触れながらも、『源氏物語』についての瀬戸内寂聴氏との意見交換が興味深いです。
私自身は遠い過去にマンガで『源氏物語』を1回読んだきりなので対談内容に幾分付いていけない部分があったのですが、このお二人はびっくりするほど博識で、かなり読み込んでいる方々ならではのコメントが並んでおります。
田中 (略)ただ、私は男ですので、どうしても男の目線で読むんですね。(中略)登場人物は圧倒的に女性が多いし魅力的なんですが、私はやはり、桐壺帝という天皇とその息子である光源氏の、男の物語としてどうしても読んでしまうんです。(後略)
引用元:田中慎弥『共喰い』「対談 書きつづけ、読みつがれるために」(集英社)
この対談を読んでいて、「『源氏物語』を本格的に読んでみたいな~」と心動かされました。ただ、読むならじっくり読み込みたいところなので、それだけの時間をしっかり確保できるか、というところが課題なのですが(^^;)
ほかにも、私小説や宗教、政治などについての対談内容も掲載されています。瀬戸内寂聴氏は、言葉を扱う仕事で60年(!)という経歴に加えて出家をされていますし、私の人生では得ることのできない視点をお持ちだな、と感じ入る点が多いです。この対談は読み手の見識を広げる一助にもなるかと思います。
関連書籍
- 田中慎弥『切れた鎖』(新潮社):第21回三島由紀夫賞を受賞した作品集です。
- 大和和紀『あさきゆめみし新装版』(講談社):『源氏物語』の入門コミックといえば、やっぱり『あさきゆめみし』でしょう。大和和紀氏の画業55周年記念&Kiss創刊30周年記念企画として、2021年末に新装版が発売されています。
- 角田光代『源氏物語』(河出書房新社):直木賞作家で著名な角田光代氏が『源氏物語』を訳したのも話題になりましたね。やはり、『源氏物語』は多くの文学者を引き付けてやまない作品なのでしょう。
最後まで読んでいただき有難うございました!
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