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【書評】ある出稼ぎ労働者の生涯。天皇制とホームレスの関連から読み解く「JR上野駅公園口」を読む

【書評】柳美里『JR上野駅公園口』(河出書房新社) 書評

今回は柳美里氏の「JR上野駅公園口」をご紹介します。本作は2020年全米図書賞(翻訳文学部門)を受賞したことで注目を集めたので、作品名をご存じの方も少なくないでしょう。

実は、柳美里さんの作品を読むのは本作が初めてでした。この「JR上野駅公園口」は小説の構成といい、テーマといい…淡々とした記述ながらも読み手に深い思考を促す一冊です。ディストピアの要素を含んでおり、時に感情をえぐられるような場面もあって、時代に関わらず広く読まれ続ける作品になるはずだ、との核心を得ました。

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こんな方にオススメ

  • 柳美里氏の小説が読みたい
  • 昭和から平成にかけての時代を追体験したい
  • 出稼ぎ労働やホームレスの話題に関心がある

あらすじ

まずは、簡単なあらすじのご紹介です。

1933年、私は「天皇」と同じ日に生まれたーー

東京オリンピックの前年、出稼ぎのために上野駅に降り立った男は、日本の高度経済成長期を生き、家計を助けるために故郷福島県相馬郡(現・南相馬市)の家族と離れて暮らす。
そして、再び上野駅を訪れ、生者と死者が共存する時空間で見聞きするものはーー。

本書におけるキーワード

本書の詳細を語るとネタバレになってしまうので、作品を彩るキーワードをいくつか挙げてみました。

  • ホームレス
  • 天皇制
  • JR上野駅
  • 東北地方、福島県
  • 出稼ぎ労働者
  • 高度経済成長期
  • 2つの東京オリンピック
  • 貧困

もしかしたら、これらのキーワードを目にした時点で抵抗感を覚える方もいるかもしれません。社会的にも心理的にも重みのあるテーマを取り扱っています。ご想像に違わず、軽い気持ちで読むのは避けることをおすすめします。

さて、なぜ舞台がJR上野駅なのでしょうか?

関東近郊にお住まいの方にはよく知られていますが、福島県から東京都に入るには一般的にJR常磐線が利用されます。

 上野恩賜公園のホームレスは、東北出身者が多い。
 北国の玄関口ーー、高度経済成長期に、常磐線や東北本線の夜行列車に乗って、出稼ぎや集団就職でやってきた東北の若者たちが、最初に降り立った地が上野駅で、盆暮れに帰郷する時に担げるだけの荷物を担いで汽車に乗り込んだのも上野駅だった。

引用元:柳美里『JR上野駅公園口』(河出書房新社)

福島県や茨城県、東京都を繋ぐ全線再開がなされたのは東日本大震災から9年後の2020年3月14日。「北国の玄関口」であることを前提にすれば、「JR常磐線で福島県から東京都にアクセスすることができるか否か」というのは、東北復興において極めて重要なことだったといえるでしょう。

実際に発せられた音声情報が作品に現実味を与える

本記事の冒頭に書いた「本作の淡々とした雰囲気」というのは、史実に基づく音声情報を文章として示すことで再構築しているからかもしれません。

たとえば、以下の記述。

「皇太子妃殿下は、本日午後四時十五分、宮内庁病院でご出産、親王がご誕生になりました。御母子共にお健やかであります」

 昭和三十五年二月二十三日、ラジオのアナウンサーが快活な声でニュースを読み上げた。

引用元:柳美里『JR上野駅公園口』(河出書房新社)

福島県で生まれ育ち、出稼ぎで東京に来た男の息子は、今上天皇の浩宮徳仁親王と同じ日に生まれたことから、「浩」の一字をいただき「浩一」と名付けられます。言うまでもなく、私たちの知る日本の歴史に重ね合わせて物語が展開されているのです。

他にも、ラジオ中継にて東日本大震災後の対応を巡る国会の議論が引用されています。これらの記述は、読み手にその時代の生々しい雰囲気を伝えています。福島県という出自に東日本大震災、高度経済成長期、上野。これらの要素が絡まり合い、作者の空想だけによる小説ではないということを、見事に表明しているのです。

これは、作者のあとがきに書かれた下記の記述からも読み取ることができるでしょう。

 家を津波で流されたり、「警戒区域」内に家があるために避難生活を余儀なくされている方々の痛苦と、出稼ぎで郷里を離れているうちに帰るべき家を失くしてしまったホームレスの方々の痛苦がわたしの中で相対し、二者の痛苦を繋げる蝶番のような小説を書きたいーー、と思いました。

引用元:柳美里『JR上野駅公園口』(河出書房新社)

ホームレスの人びとに対する周囲の目線

最後に、我が身を振り返って考えてしまった一文をご紹介します。

擦れ違う時は誰もが目を背けるが、大勢の人間に見張られているのが、ホームレスなのだ。

引用元:柳美里『JR上野駅公園口』(河出書房新社)

近年、ホームレスの方に対する侮蔑的な発言や暴力行為がニュースになっています。私自身は、こうした実状を辛く悲しい思いで見聞きしていました。とはいえ、過去に山谷で出稼ぎ労働を行う方への募金活動には参加したことはあるものの、自分から具体的に援助の手を差し伸べたことがあったかというと…本当にお恥ずかしいかぎりです。

援助する側も差別する側と同じく、どこか「見張っている」という部分はありませんか?

決まり悪さを感じた方は、下記団体の活動も是非参照ください。世の中の多くの方が、人間の尊厳について理解を深め、考え続けることを願うばかりです。

神の愛の宣教者会(Missionaries of Charity)

厳しい清貧を守り「もっとも貧しい人々のために働くこと」を使命とするカトリックの修道会。以下、公式サイトは英語です。

ビッグイシュー(The Big Issue)

ホームレスや生活困窮者に対して正当な報酬を与え、社会復帰への支援目的とするストリート新聞。日本語版は2003年9月より大阪市から発行されており、顔写真とナンバー入りの身分証を交付された「ベンダー」と呼ばれる販売者のホームレスから通行人が購入する仕組みです。

関連書籍

  • 多和田葉子『献灯使』(講談社):3.11震災後の日本について、退廃的な未来像を描くディストピア小説の短編集。表題作の『献灯使』を含む5編はいずれも同じSFの世界観が共有されています。多和田葉子氏の文体は言葉遊びのようで批判を含んでおり、文字一つ一つが吟味されている印象を受けます。これを外国語に翻訳するのはかなり高レベルの技術と経験が要求されそう。内容にしても、日本人の読み手でさえ幾ばくかの覚悟が必要な深みがあります。解説はロバート・キャンベル氏。初出は群像、全米図書賞(翻訳文学部門)受賞作品です。

  • 李龍徳『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』(河出書房新社):排外主義が支配する日本における、在日韓国人への徹底的な差別。ヘイトスピーチ、外国人への生活保護廃止、そして抗争。ラストは衝撃です。何故そのような結末となったか?他の選択肢が介在する余地は無かったのか?読了後も考えざるを得ません。日本におけるさまざまな差別感情・ヘイトスピーチの実情を、客観的な分析を踏まえて明らかにしようとした素晴らしい一冊。構成、人物描写、アクション、いずれも著者の技量が濃縮されています。

最後までお読みいただき有り難うございました!


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