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【書評】働くすべての人に役立つ学問!放送大学教材の「産業・組織心理学」を読む

【書評】山口裕幸『産業・組織心理学(放送大学教材)』(放送大学教育振興会) 書評

皆さんは、何らかの仕事をお持ちですか?

世の中に仕事は数多存在します。オフィスや工場、役場など決まった場所で働く方もいますし、職人として毎日異なる場で働く方もいることでしょう。もちろん、自宅で家事を担うことも立派な仕事です。最近は「育業」という言葉が登場し、家族に対するケアの仕事にもあらためて光が当てられるようになりました。

私は、ある会社でシステム開発の仕事を担当しています。どの仕事もそれぞれ特徴があると思うのですが、社会に出てすぐの頃は会社員の世界って未知の世界だな~と毎日思っていたことを思い出します。

休暇を取得するときは上司・先輩に口頭で伝えなきゃダメとか、メールの冒頭は「お疲れさまです。」とか。その後、こうした習慣は時代の流れとともに自然消滅していきましたが。

ただ、世の中のことが分からないながらも、職場で働くということに対する心構えは、入社前にできあがっていたように思います。それは、私が4年制大学で産業・組織心理学を専攻していたからです。しかも、担当教員はその領域の第一人者でした。

あれからはや幾年…。放送大学で学びながら、ふともう一度学び直したいなと思った産業・組織心理学。履修してみたら、かつての伝統的な研究に対する解説だけでなく、最終章では時代に見合った記述も多々あり、進化を感じた次第です。

社会に出る前に得た学びと、社会に出てから得た学び。学んだことについての感じ方には若干の差異があり、自分自身の社会人経験も振り返るよいきっかけとなりました。

今回は、働くすべての人に役立つ「産業・組織心理学('20)」の印刷教材(テキスト)をご紹介します。

書籍は全国の書店などで購入できます。放送大学生でない方も、本科目の講義はBS放送などのテレビで視聴可能です。詳しい視聴方法は以下をご参照ください。

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本講座の基本情報

本講座「産業・組織心理学」は、放送大学で開講されている科目です。

  • 2020年度開設
  • 放送授業(ラジオ配信)
  • 心理と教育コースの専門科目

具体的なシラバスはこちらからご参照ください。

放送授業はラジオで公開されており、書籍はAmazonほか各書店でお買い求めいただけます。各地域におけるテキスト取扱書店は下記をご参照ください。

こんな方にオススメ

  • 現在働いている、あるいは、これから働く予定の方
  • 組織における人の行動に関心がある
  • 人事部門やマーケティング部門に所属している

目次

本書の目次は下記のとおりです。全15回の放送授業に沿った章立てとなっております。

 1 産業・組織心理学の歴史とテーマ
 2 採用とアセスメント
 3 キャリアの展開と育成
 4 ワークモチベーション
 5 人事評価
 6 リーダーシップ
 7 職場の対人関係と組織文化
 8 組織の情報処理とコミュニケーション
 9 仕事の能率と安全
10 職場のストレス
11 職場のメンタルヘルス対策
12 消費者行動とマーケティング
13 消費者の購買意思決定過程
14 消費者の購買意思決定における非合理性
15 産業・組織心理学の実践と応用

産業・組織心理学の4領域

冒頭でお伝えしたとおり、私は産業・心理学を専攻して4年制大学を卒業しました。ただ、ゼミへの参加や卒業論文の執筆という段階まで進むと、もはや概論というよりもある特定のテーマについて理解を深め研究するというスタンスになりがちで、卒業した現在は、恥ずかしながら産業・組織心理学の全体像がボヤケている状態でした。なんともお恥ずかしい限り…(*ノωノ)

そんな中でも覚えていたのが九州大学の山口裕幸先生のお名前。産業・組織心理学を学んだみんなが知っている!という超有名な山口先生が、放送大学のテキストの編著者をしているのです。わーすごい!そして、ラジオ放送を聞くととても優しく穏やかな声…素敵です。

まえがきで山口先生は以下のように述べています。これこそ産業・組織心理学を学ぶ意義ですね。

 産業・組織心理学は、幸福に働くことと密接に結びついたリアリティの高いテーマを研究する領域である。個々の職場や個人はすべて個性を持った多様な存在であるが、それらに共通する特性や変化・成長のメカニズムを理論的に理解することと、現実に即して実践的に問題解決を図ることを、常に関連づけながら理解していく視点が大事になる。

引用元:山口裕幸『産業・組織心理学(放送大学教材)』(放送大学教育振興会)

さて、産業・組織心理学は大きく4つのテーマに分かれています。具体的なテーマはこちら。本当に幅広いですね。

領域取り扱うテーマ
組織行動
(organizational behaviors:OB)
個人の仕事へのやる気(ワークモチベーション)、職務満足感、処遇の公正感、パーソナリティ、技能習得、個人および集団の意思決定、職場の人間関係、葛藤調整、対人的コミュニケーション、組織適応、ストレス、チームワーク、リーダーシップ、組織文化など
人的資源管理
(Human Resource Management:HRM)
募集・採用、適性評価、面接評価、人材の配置や異動、キャリア・デザイン、キャリア開発、教育・研修・訓練の企画と実施、人事考課と昇進・昇給の処遇、労働時間の管理、退職制度の設計など
安全衛生
(Health and Safety:HS)
作業能率や仕事の品質を高める方策、ヒューマンエラーや不安全行動を未然に防ぐ職場の安全管理、疲労やストレス、ワークロードが仕事に及ぼす影響の解明、ワーク・ライフ・バランスを健全に保ちソーシャルサポートを促進する方法の検討、適切なストレスマネジメントと労働環境アセスメントおよび従業員支援方略の検討、各種メンタルヘルスの確保方略の検討など
消費者行動
(Consumer Behavior:CB)
社会的態度と購買行動の関係性、価値判断と心的会計(心理的財布理論)、購買意思決定とヒューリスティックス(プロスペクト理論、双曲割引等)、ブランド・ロイヤルティ、口コミ、ネットショッピング、悪徳商法など
引用元:山口裕幸『産業・組織心理学(放送大学教材)』(放送大学教育振興会)、P.17-20より抜粋し再編しました

「組織行動」「人的資源管理」「安全衛生」は働く人にとって有益であるのはもちろん、「消費者行動」は消費者としても理解しておきたい理論が取り上げられています。さらに、「人的資源管理」は人事部門、「消費者行動」はマーケティング部門で働くうえで知っておくとよい知識をたくさん得ることができますよ。

サーバント・リーダーシップ

卒業後も折に触れて産業・組織心理学に関連のある書籍を読んだりセミナーに参加したりしてきましたが、今回特に印象に残ったのが「サーバント・リーダーシップ」というものです。

 (中略)こうした社会的な要請から、近年、新しいリーダーシップ論として、メンバーを下から支え奉仕する「サーバント・リーダーシップ」の意義と可能性に関心が集まっている。
 これまでのリーダーシップでは、リーダーはメンバーに対して上から指示・命令して影響力を発揮することが暗黙に想定されてきた。それに対して、サーバント・リーダーシップとは、グリーンリーフ, R.K.(1970)が提唱した理論で「リーダーである人は、まず相手に奉仕し、相手を導くもの」という実践哲学に基づき、メンバーを支え、支援し、めざすべき方向へ導くことを指す。サーバント・リーダーシップに関する実証的な知見は、昨今蓄積されてきたばかりであるが、最近の研究から、サーバント・リーダーシップは、メンバーからの信頼獲得につながり、メンバーの自律的なモチベーションを醸成するだけでなく、職場においても協力する風土の醸成につながることが明らかにされている。

引用元:山口裕幸『産業・組織心理学(放送大学教材)』(放送大学教育振興会)

「指示待ち社員」という言葉で揶揄されるように、上司が部下に対して一つ一つ細かな指示を与えることは、時代の流れとともに多くの会社で減ってきています。VUCAの時代では過去の経験が役に立たないことがあるというのも、各社員に自律した行動が求められるようになった一因かもしれません。

VUCAとは、「変動(Volatility)が大きく、不確実(Uncertainty)であり、諸要因が複雑(Complexity)に関連し、先行き不透明で曖昧(Ambiguity)」という意味です。

特に生成AIが登場してからは、困ったときはchatGPTに聞く…という部下も増えています。サーバント・リーダーシップという理論は現代という時代にとてもマッチした考え方だと思います。

実際、1on1ミーティングといった手法もここ数年で急激に広まっている印象があります。1on1ミーティングとは「人材育成やモチベーション向上を目的に上司と部下が1対1で行う定期的な面談のこと」で、上司の意見を押しつけたりせずに部下の発言に耳を傾けることが重要だとされています。

かつてのモーレツ社会と比べると隔世の感がありますが、サーバント・リーダーシップを発揮する上司にはなんでも相談できちゃうんですよね。仕事におけるネガティブ情報も、私生活の困りごとも。

不祥事で経営が傾く会社は、緊急対応が求められる状況になっても現場が報告するのを躊躇してしまったり、判断基準が上司であるために自律的に行動できなくなっているのかもしれません。

チャルディーニ(Cialdini)の理論

消費者として役立つ知見として、チャルディーニ(Cialdini)の理論があります。これは、店頭などで店員が消費者に購買に向けて働きかける場面、あるいは企業が発信した広告による情報伝達を含めた影響の効果を規定する心理的メカニズムです。以下に6つの心理的要因をまとめました。

心理的要因広告や販売場面での応用例
返報性(reciprocation)「馴染みのお客様への感謝」と銘打った値引きや景品の配布。
コミットメントと一貫性
(commitment and consistency)
街頭でのキャッチセールスで、はじめに「アンケートの依頼」をする。
社会的証明
(social proof)
薬品や健康食品の通信販売などでの「使用経験者」による効能の報告。
好意(liking)知人・友人関係のネットワークを利用した商品販売。
権威(authority)医師や研究者が効能を推奨する薬品や健康食品のCM。
希少性(scarcity)「期間限定」や「数量限定」を強調した商品販売(いわゆる限定商法)。
山口裕幸『産業・組織心理学(放送大学教材)』(放送大学教育振興会)、P.212-214より抜粋し再編しました

これを見ると、思い当たる場面が多々あります。健康食品の広告にはだいたい医師のコメントが載っていますし、化粧品の広告には「Aさん(○歳)」のような形で3名くらい使用感のコメントが載っていますよね。「期間限定」の文字を見て購入を決めるという経験はよくあることですし、大変身近な事例です。

とはいえ、昨今はインフレ進行中で物価高。マーケティング戦略としては理解しつつも、売り手の思惑にハマりすぎないように、一呼吸おいて購入すべきか否かを考える癖が必要ですね。

関連書籍

  • 山口裕幸、髙橋潔、芳賀繁、竹村和久『経営とワークライフに生かそう!産業・組織心理学 改訂版』(有斐閣):山口先生のお名前を初めて知ったのはこちらの一冊。産業・組織心理学の全体像はこちらの書籍でも概観することができます。

  • 森津太子『社会・集団・家族心理学』(放送大学教育振興会):組織心理学は社会心理学と親和性が高い学問です。放送大学で『心理学概論』を学んだ方にはお馴染みの森津太子先生が担当しているこちらの一冊もどうぞ!

  • 世古詞一『シリコンバレー式 最強の育て方―人材マネジメントの新しい常識 1on1ミーティング』(かんき出版):1on1ミーティングの概要を知りたい方にはこちらがオススメです。以前、著者のセミナーを受講し大いに刺激を受けました。

  • 相良奈美香『行動経済学が最強の学問である』(SBクリエイティブ):人間は合理的ではない判断をくだしがちです。消費者行動を理解するなら、行動経済学を押さえておきましょう。

最後までお読みいただき有り難うございました!


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