両親の高齢化や体調不良に直面し、不安な思いを持つ子どもは少なくありません。特に両親と遠く離れて暮らす方は、自由に実家へ立ち寄ることが難しく、日常生活と介護との両立に対する制約が多いといえるでしょう。
厚生労働省の統計によると、約9万~10万人が介護離職している現状が明らかとなっています。離職をせずとも働きながら家族の介護を担う「ビジネスケアラー」も年々増加し、2030年には300万人を超えると見込まれています。
経済産業省の試算では、働きながら家族の介護をする「ビジネスケアラー」は2030年には318万人に増加し、離職や労働生産性の低下などによる経済損失額は30年に9兆1792億円にのぼる見込みだ。また、厚生労働省の統計では、21年の離職者のうち、約9.5万人が「介護・看護」を理由としている。
引用元:「介護離職防止、企業向けクラウドで 奔流eビジネス(流通ウオッチャー 村山らむね氏)」(日経MJ2023年3月24日付)
こうした社会状況をふまえて、今回はタイトルが胸に突き刺さった一冊『父がひとりで死んでいた』をご紹介します。
本書、なんと日経BPというビジネス書中心の出版社から出ています。働くビジネスパーソンにとって、介護や実家の整理というテーマがとても身近なものになってきたということなのでしょうね。
著者のエッセイを主体としながらも、各章の末尾には簡単にコラム欄が設けられています。コラムでは専門的な見地からのアドバイスが書かれていて、ここを読むだけでも今後の対応策の参考になります。
こんな方にオススメ
- 両親の介護が気になり始めた方
- 高齢の両親と離れて暮らす方
- きょうだいや配偶者がいない方
著者の身に起きた出来事
本書はタイトルそのものがストレートにその中身を語っているわけですが、私は冒頭の「はじめに」を読み始めた瞬間から、著者の境遇に涙を流してしまいました。
この本は、遠く離れた実家で父が孤独死していたことから始まる、約1年間にわたる私の行動や心の動きを書き留めたエッセイ集です。私は50代。東京で長年、出版社に勤め女性誌の編集者として過ごしてきました。ひとりっ子で離婚歴があり子どもはいません。25歳のとき片道チケットを握りしめ、当時は遠い遠いところだった東京へ飛行機で出てきてから、もうこちらで暮らした年月のほうが長くなりました。
引用元:如月サラ『父がひとりで死んでいた 離れて暮らす親のために今できること』(日経BP)
亡くなったのはお父様ということですが、実は直前までご両親おふたりで暮らしていました。なぜお父様が孤独死をしたかというと…。
父が孤独死していた理由は、母がその半年前にレビー小体型認知症と診断されたことに遡ります。母は診断を受けたその日のうちに緊急入院し、それから父はひとりで暮らしていました。元気で明るく気丈者だった母が認知症になり、状態の回復が見込めないということに衝撃を受けた私は、それから母のことばかりを気にかけていました。父はひとりでなんとか元気にやってくれているものと信じていたのです。
引用元:如月サラ『父がひとりで死んでいた 離れて暮らす親のために今できること』(日経BP)
お母様がレビー小体型認知症と診断されたのは、新型コロナウィルスが猛威を振るっていた2020年夏頃。お母様が認知症となり自宅に戻れないなか、社会的にも地方への帰省が自粛されるようになっていきました。そうして、2021年1月半ば、お父様が自室で倒れて亡くなっているのが発見されます。死後1週間がたっていました。
実は、すでに他界した私の祖母もレビー小体型認知症だったので、この境遇には胸に迫るものがありました。
父が世話していた老猫4匹
亡くなったご両親は保護猫などを中心に譲り受けて、約30年で通算27匹の猫を飼うほどの動物好きなご夫婦でした。とはいえ、高齢に伴い自分たちが死んだあとのことを考えて、約10年前から新しい猫を迎え入れるのをやめていたとのこと。
しかし、お父様が亡くなったそのとき、12~13歳ほどと思われる老猫4匹が実家に残されていました。この猫たちはどうなったのか…?なんと、お父様の死から1週間、猫たちは段ボールを食べながらも生き延びていたのです!
死んでいた父を叔母が発見したとき、別室にいた猫たちは段ボール箱を食いちぎって鳴いていたそうだ。なにしろ1週間、餌にありつけなかったのだ。どれだけおなかをすかせて待っていたんだろうと思うと胸がつぶれそうだった。幸い、洗面所になみなみと注がれた水が残っており、それが彼らの命を救った。
この老猫たちをどうすればいいのだろう。私の東京の狭い1LDKのマンションには既に3歳の猫が2匹おり、飼うのは難しそうだ。
引用元:如月サラ『父がひとりで死んでいた 離れて暮らす親のために今できること』(日経BP)
自分の死後のことを考えて犬猫を飼うのを制限しても、ペットたちは意外と長生きするものだという当たり前の事実に気付かされます。
そして、10歳以上の犬猫の譲渡はたいへん難しく、老猫ホームの利用にも高額の費用がかかることが明らかになるのです。著者の試算によれば、老猫ホームに4匹を生涯預かってもらうとなると、なんと合計500万円前後が必要になるとのこと!
著者の結論は、東京の自宅マンションに4匹を引き取る、というものでした。
無人の一軒家
人が住まなくなった家は、どんどん荒廃していきます。そこで、著者は月に1回、自宅がある東京を離れて実家で1週間を過ごす、という生活をはじめます。もちろん、その背景には実家を巡るお金の問題がついて回るのですが…。
昨今、空き家問題が紙面をにぎわすようになりました。本書を読んでいて思ったのは、「悲しみのなかにあっても、空き家は早めに手放したほうがよいのでは…」という感想でした。が、しかし!そこには事情があったようで。
帰る人のいない実家なら、お金をかけて維持するよりさっさと売却してしまったほうがいい。そう忠告してくれる人が多かったのだけれど、ここでそれがほぼ不可能だとわかった。なぜなら、認知症という診断のついた母の土地を、家族といえど私が勝手に売ることはできないからだ。
引用元:如月サラ『父がひとりで死んでいた 離れて暮らす親のために今できること』(日経BP)
なんと建物部分はお父様名義だったけれど、土地はお母様のものだということが判明したのです!
そ、そんな…。
成年後見制度のうち「法定後見制度」では、家庭裁判所によって選任された弁護士、司法書士、社会福祉士などが、判断能力が不十分になった方を法律的に支援してもらうことができます。しかし、毎月数万円の報酬を法定後見人に支払う必要があるわけです。
著者はフリーランスですし、施設入居中のお母様の預金を触るのも実家の売却も自由にできなくなってしまうとなると、法定後見制度の利用を躊躇してしまうのはもっともな話ですよね。
では、実家を賃貸に出して家賃収入を得るのはどうかというと…。
実家を誰かに貸したりAirbnb(エアビーアンドビー)などを使って民泊に利用したりしてはどうかという案を出してくれる友人もいた。築45年といえど、軽量鉄骨気泡コンクリート造りの実家はまだ丈夫そうに見える。さすがに水回りの劣化は激しいけれど、一部をリフォームすれば賃貸に出したり民泊に利用したりできそうに思えた。
しかし調べるうち、通称「空き家特例」という相続税に関する特例があることを知った。建物の建築年や特例そのものの期限はあるけれど、親が亡くなったときに家屋や敷地を売却する際、譲渡所得から3000万円を控除するというものだ。これを利用するとしないとでは所得税の金額にとても大きな差が出てくる。
ただしこの特例を利用するためには、その家に最後に住んでいた人が持ち主、つまり実家の場合は母でなければならないという条件がある。誰かに貸したり私が住んだり事業に使ったりしたら、払わなくてもよかったはずの多額の税金を納めることになるのだ。
引用元:如月サラ『父がひとりで死んでいた 離れて暮らす親のために今できること』(日経BP)
まさに袋小路です。
こうしたさまざまな困難に立ち向かう著者は、ひとりっこでシングル。周囲に相談できる人がなかなかおらず、不安も大きかったようです。そんななか著者を助けたのは、少し遠いと思っていた親戚や友人たち。
みんなみんな、私にとってはちょっとだけ遠くて、久しぶりの人ばかりだった。ほんのそのとき限りでも、こうやって心を寄せてくれる人がいる。これから先、いつでも私はそのことを思い出せる。この先の人生で、またその人と言葉を交わすことがあるかどうかはわからないけれど、一度だけでも私を思い連絡をくれたことがこれからの私の大きな力になる。それだけは忘れないようにしようと思った。
引用元:如月サラ『父がひとりで死んでいた 離れて暮らす親のために今できること』(日経BP)
著者の人徳もあるのかもしれませんが、周囲に自分のことを発信すること、人を頼ることで多くの出会いや再会を生み出すのかもしれませんね。
関連サイト
- note記事『父がひとりで死んでいた』:本書の書籍化につながるきっかけとなったのは、著者がお父様の死から約1ヶ月後にアップしたnote記事です。公開直後から多くの人の共感を呼び、「日経xwoman ARIA」でのコラム連載が始まり、書籍出版に至りました。内容を少しだけ読んでみたい、という方は、まずはこちらの記事をお読みいただくと良いと思います。
- Voicyチャンネル「日経の本ラジオ」でのインタビュー:出版社の日経BPが放送しているVoicyチャンネル「日経の本ラジオ」で、著者が3回にわたって書籍の内容について紹介しています。耳から概要を把握したいという方にオススメです。
関連書籍
- 永井美穂『日本初の片づけヘルパーが教える親の健康を守る実家の片づけ方』(大和書房):本記事では触れませんでしたが、遺品整理についての悩みもエッセイには綴られていました。親が健康なうちから環境を整えるならこちらの本がオススメです。別記事でも紹介していますので、宜しければお読みください。
- やまぐちせいこ『ミニマリスト、親の家を片づける』(KADOKAWA):ミニマリストが親の家を片づけた実体験を追体験できる一冊です。認知能力の低下した両親が快適に生活できる仕組みに言及していて、学びが多いです。別記事でも紹介していますので、宜しければお読みください。
最後までお読みいただき有り難うございました!
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