数年に亘る自粛生活にはすっかり慣れてしまった、という方も多かった2022年。現代を生きる多くの日本人にとって、新型コロナウィルス感染症の蔓延は最も驚異的なパンデミックだったといえるでしょう。
日本で最もよく知られている感染症の大流行には、100年前のスペイン風邪がありますね。平成の世でもSARS(重症急性呼吸器症候群)や新型インフルエンザはありましたが、日本という国家単位では、大きな被害を受けずに収束していった感があります。
そして、人類が経験した感染症のなかで最も有名なのはペスト(黒死病)でしょう。しかし、ペストは主に中性ヨーロッパで拡大した感染症です。日本史上、スペイン風邪以外に莫大な被害をもたらす感染症があったのでしょうか? 島国日本では感染症にどのように対応してきたのでしょうか?
今回は、こんな疑問に答える一冊をご紹介します。
こんな方にオススメ
- 日本の歴史に関心がある
- 国家としてパンデミックにどう対応すべきかを考えたい
- 磯田道史氏の著書を読みたい
著者の磯田道史氏とは?
著者の磯田道史氏は日本史を研究する学者で、国際日本文化研究センターの教授です。最も有名な著書は『武士の家計簿』(新潮社)でしょう。そう、あの映画「武士の家計簿」の元となった書籍です。
そしてなんと、この本は小説ではなく新書! 新書で出版された内容が映画化されたという事実だけを見ても、かなり異色の研究者ではないかと思います。
人間が最も恐れるべき危機とは?
そもそも、感染症とは人類にとってどのくらい恐ろしい危機なのでしょうか? 本書の冒頭には、こんな記述があります。
『感染症の世界史』(角川ソフィア文庫)の著者で、元東大教授、環境ジャーナリストの石弘之氏は、たまたま私の義理の伯父にあたります。その石氏と「ウィルスのパンデミック」、「火山の破局噴火」、「津波」の三大危機のなかで、どれが最も警戒すべきかと話し合ったことがありますが、二人の結論はともに「パンデミック」でした。
引用元:磯田道史『感染症の日本史』(文藝春秋)
ベストセラーとして有名な『感染症の世界史』(KADOKAWA)の著者と『感染症の日本史』(文藝春秋)の著者の意見は一致して、「ウィルスのパンデミック」が人類の最大危機だと言います。
注目すべきはその発生頻度。どの災難も多大な犠牲を生みますが、「火山の破局噴火」は一万年に一回程度しか発生しません。「津波」は東日本大震災が記憶に新しいですが、100年に一度くらいとされています。
一方、「ウィルスのパンデミック」は「火山の破局噴火」「津波」よりもはるかに頻繁に発生しており、数十年に一度ほど、つまり一人の人間が人生を全うする間に複数回、遭遇するものです。
「ウィルスのパンデミック」は人とのコミュニケーションで広がっていくという点でも、どこに住んでいるかに因らず、すべての人が関連する災厄だということができるでしょう。
国防の在り方とは
本書では、次のような記述があります。
「日本を守る」というとき、「仮想敵」が日本に軍事攻撃してくる確率より、パンデミックで国民の命が奪われる確率の方がはるかに高い。この現実を政治が直視し、ソフトとハードの備えを行うべきです。
引用元:磯田道史『感染症の日本史』(文藝春秋)
実際の数字を調べてみました。
具体的な数値は諸説ありますが、ペストではヨーロッパ全土の人口のうち、約3分の1が亡くなったと言われています。また、『FACTFULNESS』(日経BP社)によれば、スペイン風邪は5億人(当時の世界人口の約3分の1)が感染、1億人(同約6.7%)が死亡したとされています。
第一次世界大戦中に広がったスペインかぜで、5000万人が命を落とした。大戦の犠牲者よりも、スペインかぜで亡くなった人のほうが多かった。4年にわたる戦争で人々の体力が落ちていたこともあるだろう。スペインかぜの流行で、世界の平均寿命は33歳から23歳へと10年も縮まった。
引用元:ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド『FACTFULNESS』(日経BP社)
一方、戦争での犠牲者数を見てみると、世界全体で大きな戦争が繰り広げられたあの凄惨な第二次世界大戦での犠牲者数は、当時の世界人口の約2.5%程度とされています。
いずれも正確な統計値を算出するのは難しいところがありますが、これらの数値は記憶にとどめておく必要があります。倫理的に葛藤を感じる戦争よりも、ウィルスの方が大きな犠牲を払う驚異であるということです。これは、政治的な施策を判断する際の一つの目安となるでしょう。
以上を踏まえると、パンデミックへの対応を含め、国防という分野において日本の政治の在り方をより真剣に考える必要がありそうです。
感染症への江戸時代の対応
名君と誉れ高い米沢藩の上杉鷹山(治憲)について、その対応が記述されています。これを読むと、今の時代にも気づかされるものがあります。
初夏、痘瘡流行の兆しがあり、藩士の家族に罹患者が増えてきたなかで、七月六日にまず鷹山が出したのは、「家族に流行病の罹患者がいても、出勤しても良い」という命令でした。「家内に疱瘡、麻疹、水痘の人がいれば、出仕当番を引き延ばすように、先般、指示を出したが、御内証、表向ともに遠慮には及ばない」
引用元:磯田道史『感染症の日本史』(文藝春秋)
「御内証」とは、殿様の近くの職。藩主の私生活の場での勤めです。「表向」とは政務の役所。どちらも「遠慮」、つまり「自粛」に及ばず、出勤して構わないというわけです。"登庁禁止"の正反対の"登庁許可"だったのです。
鷹山は、まず第一に行政機能をストップさせないことを重視しました。さらに、患者への支援も手厚いものでした。
まず打ち出したのは、生活が成り立たない者がいれば申し出なさい、という指示でした。
引用元:磯田道史『感染症の日本史』(文藝春秋)
「非常の流行に対しては、なかなか人力が及ぶところではなく、はなはだ気の毒に思う。生活が立ち行かなくなり、とくに苦しんでいる者がいるだろうから、かかる者については、頭領または近隣の者がよくよく心を用いて、さっそく申し出なさい」と述べています。
鷹山は「生活困窮者の洗い出し」から着手したのです。これが名君たる所以です。
日本でコロナ差別が話題になったり、政府からの給付金支給で一悶着あったことを思い出すと、歴史から学べることは多いと感じます。
関連書籍
- 磯田道史『武士の家計簿』(新潮社):加賀藩士がつけた「家計簿」から、武士の暮らしぶりを詳細に読み解く。新書で出版されたのち映画化されるという、異色の一冊です。
- 石弘之『感染症の世界史』(KADOKAWA):世界史から感染症を読み解きたい方はこちら必読です。
- カミュ『ペスト』(新潮社、光文社、岩波書店):新型コロナウィルス感染症の蔓延で大きな注目を浴びた小説。
- ジム・ロジャーズ『危機の時代』(日経BP):リーマン・ショックの到来を予見したことでも知られる投資家で、米イエール大学で歴史学を専攻したジム・ロジャーズ。歴史からこれからの世界を読むことの大切さを教えてくれます。
最後まで読んでいただき有難うございました!
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