2024年3月19日の金融政策決定会合で、ついに日本銀行がマイナス金利政策の解除を決めましたね。マイナス金利政策が開始してから約17年。長いあいだ金利のない世界を生きてきた私たちですが、これを機に金利のある世界へと変わっていくことになります。
ここ数年、コロナ禍に入ってからは急激な円安に見舞われました。資源高も背景に、現在も物価の上昇がゆるやかに続いています。
これまで円安は日本の企業に恩恵を与えると考えられていましたが、なかなか好転しない日本の経済に歯がゆい思いを抱いている方も少なくないことでしょう。日本経済にとって円安は良いものなのでしょうか?それとも悪いもの…?
今回は、2022年初頭から急速に進行した円安について、為替相場、貿易収支、物価データなどをもとに「悪い円安」といわれるようになった理由を分析した一冊をご紹介します。
こんな方にオススメ
- 円安なのに景気が上向いた実感がない
- 今後の日本銀行の動きに関心がある
- 今後の投資判断の材料を得たい
コロナ禍に「悪い円安」となったのはなぜ?
本書によれば、日本企業の多くはドル建てで輸出入をしているために、円安がマイナスに影響するということです。
私が本書で一つ指摘したいのは、日本企業の貿易建値・決済通貨(インボイス通貨)選択による影響である。日本企業は、輸出も輸入もドル建てに偏って貿易をしている。仮に円建て輸出であれば、円安が急激に進む局面では、輸出相手国にとっては現地通貨建ての輸出価格が低下し、それによって日本製品は安くなって輸出が増えるという効果が期待できる。しかし、(中略)日本の輸出企業の多くは、為替変動時よりも製品のモデルチェンジの際に価格を改定することが多いので、今回の円安が輸出価格の低下を通じて輸出増につながることはあまり期待できない。しかも、近年、円建て輸出比率は増えないばかりか、むしろ若干低下傾向にある。輸入についても資源輸入などを中心としてドル建ての比率が高いので、輸入額は円安によってさらに増大するのは確実だ。そうしたことが今回の「悪い円安」の大きな原因になっていると考えられる。
引用元:清水順子『悪い円安 良い円安 なぜ日本経済は通貨安におびえるのか(日経プレミアシリーズ)』(日経BP 日本経済新聞出版)
高品質な自動車や家電製品を輸出してきた、ものづくりの国日本。円安で利益が生じるはずだ!という共通認識が、昔から少なからずありましたよね。
しかし、2008年頃に経験したリーマンショックを受けて企業が為替リスクへのヘッジを進めた結果、円高に耐えうる体制ができあがった一方で、円安の恩恵を受けにくくなってしまったというのです。
今回の円安が「良い円安」にならないのは、日本企業がリーマンショック以降の約4年にわたって80円台の超円高を経験し、特に日本の輸出企業が為替に影響されない生産体制を作っていくことに腐心してきたことが背景としてある。
引用元:清水順子『悪い円安 良い円安 なぜ日本経済は通貨安におびえるのか(日経プレミアシリーズ)』(日経BP 日本経済新聞出版)
過去の常識は未来の常識ではない、ということですね。
金利のある世界へ
著者は今後の日銀の金融政策にも言及しています。本書が出版されたのは2022年11月。2024年3月現在、以下の記述を読むに、おおよそ著者の推測したとおりに世の中が変わりつつあると言ってよいでしょう。
日本の金利が将来上昇する場合には、国債金利の利払いが肥大化することも懸念されている。これに関しては、金利水準がまだ低いことに加え、金利上げ局面になったときは慎重にアナウンスメントをしながら徐々に上げていけば、利払い費の拡大が短期的に財政悪化をもたらすには至らないと考える。また、もし利上げによって日本国債に金利が少しでも付くとなると、金融商品としての魅力が増す。現在のような円安の下で、実は世界の投資家は日本の債券・証券の買い場がいつ来るのかを探っているともいわれている。その点では内外の投資家による日本国債の買い需要が喚起される可能性もある。他にも、利上げにより、預金生活者である高齢者の消費が喚起されることも期待されるかもしれない。「利上げ」が日本経済にもたらす様々な副次的な効果についても検討すべきだろう。
引用元:清水順子『悪い円安 良い円安 なぜ日本経済は通貨安におびえるのか(日経プレミアシリーズ)』(日経BP 日本経済新聞出版)
実際、2023年には日本国債の金利が上昇して個人投資家にとっても人気の商品となりました。ご存じのとおり、日本国債は他の投資信託などの金融商品と比べると金利が低く、これまで積極的な保有対象とはなっていませんでした。
2023年4月にはウォーレン・バフェット氏が来日し、海外投資家にとって「日本株は安い!買いだ!」という印象を残す出来事となりました。実際、この頃から日経平均株価の推移を見るに上昇傾向にあります。
そして、今回のマイナス金利解除です。
マイナス金利政策については、黒田東彦前総裁がまるで一人で決めたものであるかのような報道がなされることもありましたが、厳密には日銀としての金融政策判断。総裁の独断で実施に漕ぎ着けるわけではありません。また、前総裁の言によると、時の総理との癒着は無かったとのことです。
私を任命した安倍晋三首相とは年2回ほど首相官邸で2人だけでお会いし、経済や金融の状況を説明した。再任時は麻生太郎副総理・財務相とともに官邸を訪れた。意外かもしれないが、在任中、安倍氏から一度たりとも注文めいたことは言われなかった。
引用元:黒田東彦 私の履歴書(25)YCC導入(日本経済新聞、2023年11月26日 2:00 [会員限定記事])
マイナス金利政策の是非にあたっては多くの議論があり、現在もその評価が分かれています。ただ、少なくとも当時は金融政策の舵取りが難しい時期であった、との解釈をするのが妥当なのではないかと考えています。
円高方向へ誘導する為替介入は難しい
中央銀行が為替レートを意図的に操作しようとすることがあります。為替介入です。円安のいま、為替介入の効果があがっていないのでは?という指摘もあることでしょう。
本書によれば、円安局面での為替介入のハードルは高いとのこと。これは意外と知られていない事実なのではないかと思います。私も今回はじめて知りました。理由は3つありますが、第1の理由になるほど!と膝を打つばかりでした。
現在の円安に対して為替介入はどれほどの効果が期待できるのだろうか? この点について、以下3点の不安要素が指摘される。
引用元:清水順子『悪い円安 良い円安 なぜ日本経済は通貨安におびえるのか(日経プレミアシリーズ)』(日経BP 日本経済新聞出版)
第1に、不慣れなドル売り円買い介入である。前述のとおり、為替介入はその時期や手法により、介入後の為替相場推移に影響を与えたものもあるが、効果があったとされる実例はさほど多くはない。(中略)ドル買い介入とドル売り介入には、売り買いの差以上の大きな違いがあるのだ。
ドル買い介入では、市場で円を売ってドルを買うことになるため、結果としてドルの外貨準備が増える。売るための円は自国通貨なので、足りなければいくらでも刷ることができる。(中略)しかし、ドル売り自国通貨買い介入の場合は、米ドルは自国通貨ではないので、それを売るためには自国で保有しているドル、すなわち外貨準備を使って市場で売ることになる。つまり売るためのドルの量には限界があるのだ。
要するに、円高局面と円安局面では介入のやり方が異なるということです。先に述べたとおり、日本は円安を歓迎する土壌のもとに経済が回っていたため、円安局面での為替介入のナレッジが乏しいということもできるでしょう。
本書が出版されてから、日本の経済はさらに変わりつつあります。出版時における日本の経済状況を分析した書籍を定期的に読みながら、将来の先行きにも思いを馳せたいですね。
関連書籍
- 植田和男『大学4年間の金融学が10時間でざっと学べる』(KADOKAWA):現日銀総裁が著した金融学の入門書です。別記事でも紹介していますので、宜しければお読みください。
- 植田和男『[図解]大学4年間の金融学が10時間でざっと学べる』(KADOKAWA):こちらは図解版です。東京大学経済学部の学生への講義を元に説明が書かれていることを考えると、一読して理解できなくてもおかしなことではありません。その場合は図解版も併用してみましょう。
- 植田和男『ゼロ金利との闘い 日銀の金融政策を総括する』(日本経済新聞出版社):2005年に出版された植田氏の書籍です。日本銀行政策委員会審議委員として約7年間、金融政策の立案に参画した経験を経てアカデミックに著した一冊。
- 高井浩章『おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密(しごとのわ)』(インプレス):おカネに関する実用エンタメ青春小説。2018年に出版された本ですが、2024年時点でも日本の経済事情(一般)関連書籍の人気ギフトランキングで第2位と高評価です(ちなみに1位は「会社四季報」の業界地図)。小学校高学年~高校くらいのお子様が読むと、若いうちからお金を通したものの考え方を身に付けることが出来るでしょう。
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