皆さんはSF小説は読みますか?
つい先日、単行本で123ページと短いながらも、人間らしさとか現代における問題について深く考えさせれるSF小説を見つけました。
それが、今回ご紹介する『ここはすべての夜明けまえ』です。本作は、第11回ハヤカワSFコンテスト特別賞を受賞しました。作者の間宮改衣氏のデビュー作でもあります。
この記事では、本作を読み解くキーワードについてまとめてみました!
こんな方にオススメ
- 現代にも通ずるSF小説が読みたい
- 不老不死の先にある世界が知りたい
- 短いけれど深みを感じさせる本が読みたい
あらすじ
Amazonの紹介文を引用させていただきます。
いやだったこと、いたかったこと、
しあわせだったこと、あいしたこと、
一生わすれたくないとねがったこと
◇老いない身体を手に入れた彼女の家族史
2123年10月1日、九州の山奥の小さな家に1人住む、おしゃべりが大好きな「わたし」は、これまでの人生と家族について振り返るため、自己流で家族史を書き始める。それは約100年前、身体が永遠に老化しなくなる手術を受けるときに父親から提案されたことだった。
かいていったらなっとくできるかな、わたしは人生をどうしようもなかったって。
本作の書き出しと語り手の家族構成
本作は以下の書き出しから始まります。
二一二三年十月一日ここは九州地方の山おくもうだれもいないばしょ、いまからわたしがはなすのは、わたしのかぞくのはなしです。
引用元:間宮改衣『ここはすべての夜明けまえ』(早川書房)
2123年10月1日、つまり現代からおよそ100年後が物語の舞台です。そして、主人公の一人語りとして書かれた文章、という形で物語が進んでいきます。引用で示した冒頭部分からも分かるように、物語全体を通して、ひらがなの記述が多くを占めています。これは、一人語りをする主人公が文章を綴る際に「画数が多いと書くのがめんどくさいから」ということになっています。
と、このように一般的な小説の書き方ではないので、人によっては読みにくいと感じるかもしれません。本作を読みながら私が思い出したのは、ダニエル・キイス作『アルジャーノンに花束を』というSF小説です。『アルジャーノンに花束を』もそうですが、読みにくい文章で書かれているのは、それなりの理由があるのです。読みにくさを感じたとしても、是非最後まで読み通していただきたいところです。
さて、この作品は100年以上も生きてきた語り手による家族史という体裁です。家族の出生年と死亡年は、作品内の記述から割り出すことができます。
(中略)おかあさんは一九九七年わたしをうんだとき血がとまらなくなって死んで、こうにいちゃんは十八才まりねえちゃんは十五才さやねえちゃんは十才で、まだぜんぜんおかあさんがひつようなときに妹のせいで死んでしまったからわたしがきらいなんでした。
引用元:間宮改衣『ここはすべての夜明けまえ』(早川書房)
以上の記述と、別の部分からおとうさんの年齢も割り出して家族の出生年をまとめると、以下のようになります。引用部分では登場していませんが、シンちゃんはさやねえちゃんの息子です(シンちゃんについては後述)。
- 1957年おとうさん誕生
- 1979年こうにいちゃん誕生
- 1982年まりねえちゃん誕生
- 1987年さやねえちゃん誕生
- 1997年語り手誕生(おかあさん他界)
- 2022年シンちゃん誕生
- 2123年語り手が家族史を書き始める
どの時代を生きたかというのは本作を読み解くうえで大事な鍵となるでしょう。4人兄妹の兄姉は就職氷河期と呼ばれる世代です。そして、第1子である長男と末っ子の年齢差が18才と、親子ほどの差があります。
なお、兄弟の名前は登場しているのにここまで主人公を「語り手」と呼んできているのは、「語り手」の名前が本書で書かれていないためです。「――ちゃん」だったり「 さん」という形で、親しい間での呼び名も正式な名前もまったく分かりません。
なぜこのような書き方にしているのか、この点についての解釈は読者によって幅がありそうで、そういった意味でも考察に値します。ちなみに、私なりの解釈はあるのですが、そのまま示すとネタバレになってしまう気がするので、自粛させていただきます…!
融合手術
語り手がなぜ100年以上も生き続けているという設定はまさにSF的ですが、その根拠となっているのが「融合手術」と呼ばれる技術で、永遠に老化せず生き続けることができるようです。
実は、語り手は、手術を受ける前は自分の人生を終わらせたいと願って生きていたのでした。
そもそもわたしがゆう合手じゅつをうけることになったのは死にたかったからなんですが、もともとうけようとおもったのはゆう合手じゅつでなく自さつそちでした。自さつそちっていうのは正式には自発的幇助自死法に基づく安楽死措置っていってようは自さつそち、(後略)
引用元:間宮改衣『ここはすべての夜明けまえ』(早川書房)
ところが、そのことをおとうさんに相談した結果怒りを買ってしまい、結論として融合手術を受けることになります。おとうさんと語り手の関係性も本書を読み解くキーワードの一つとなっています。
(中略)やけにひんやりした手に脈をはかられたりかおをさわられたり下まぶたを引っぱられたり人形みたいにじっとしておわるのをまってたら、やがておわるのはおわったもののお医者さんはすぐには出ていかずにわたしをじっとみて、
引用元:間宮改衣『ここはすべての夜明けまえ』(早川書房)
安楽死措置をご希望とのことですが、理由が身体的苦痛から逃れたいということであれば、――さんさえよろしければ、代わりに融合手術をお受けになりませんか。
っていったんでした。
2020年代頃から、リアルな世の中でも不老不死についての研究をよく見聞きするようになりました。身体の一部を機械化するとか、脳を健康な身体に移植するとか。また、実際に嘱託殺人が起きていたり、安楽死(尊厳死)をテーマにした小説や映画も多数見られるようになりました。
若者、特に若い女性の自殺者数が増え始めたのも、コロナ禍まっただ中の2020年頃です。
そういう意味でも、まさに時代に合った小説だと感じました。あくまでフィクションなのだけれど、まったくの絵空事だと馬鹿にすることはできない不気味さがあるのです。
叔母と甥が恋人同士に
驚くべきは、語り手とその甥っ子(25歳差)が恋人同士になるということです。甥っ子はシンちゃんと呼ばれています。
――ちゃんが好きです。小さいころから、ずっと好きだった。おれが大人になったら、付き合ってください。
引用元:間宮改衣『ここはすべての夜明けまえ』(早川書房)
びっくりしてシンちゃんをみて、みたらシンちゃんがわたしをからかってるとかうそをついてるとかそんなんじゃないことは、すぐわかりました。
返事は、今しないで。でも考えてくれたらうれしい、です。
このときからシンちゃんはわたしをすきだというときはどんなにてれていてもまっすぐに目をみていってくれて、
どうしてわたしはこのときってなんかいもなんかいもかんがえてしまう。
この恋人関係というテーマは、まさに本作の核心に触れる部分です。愛とは何なのか、人間とは何なのか、人生とは何なのか。語り手は人生をどうするべきだったのか。ラストは圧巻で、ページをめくる手が止まりませんでした。
一見稚拙に見える文章のなかに、多様な現代的なテーマが散りばめられています。
関連書籍
- ダニエル・キイス(著)、小尾芙佐(訳)『アルジャーノンに花束を〔新版〕』(早川書房):『ここはすべての夜明けまえ』でひらがなが多い点は、『アルジャーノンに花束を』を思い出させます。この作品はベストセラーになったあと日本でドラマ化もされたので、内容を良く知っているという方も少なくないことでしょう。一生に一度は読んでおきたい小説です。
- オルダス・ハクスリー(著)、大森望(訳)『すばらしい新世界〔新訳版〕』(早川書房):不思議な明るさを感じさせるディストピアで、『ここはすべての夜明けまえ』と共通点を感じます。『すばらしい新世界』はジョージ・オーウェル『1984年』と共にディストピア小説の傑作として挙げられることが多いですが、自分はどちらかというと『すばらしい新世界』の方がやや好みだな~。
- カズオ・イシグロ(著)、土屋政雄(訳)『クララとお日さま』(早川書房):AF(人工親友)という存在のクララを主役に展開されるSF小説です。AFという概念は、『ここはすべての夜明けまえ』における融合手術とちょっと近いなと思います。幼さ・純朴さを感じさせる主人公という意味でも共通点があります。記事を書きましたので、宜しければお読みください。
- 古市憲寿『平成くん、さようなら』(文藝春秋):社会学者の古市憲寿氏が初めて書いた小説で、安楽死がテーマとなっています。ちょうど平成の終わりが近づく2018年11月に出版され、第160回芥川賞にノミネートされました。安楽死と尊厳死との違いなどについて議論を呼びました。『ここはすべての夜明けまえ』における融合手術を考えるうえで参考になると思います。
- 信田さよ子『家族と国家は共謀する サバイバルからレジスタンスへ』(KADOKAWA)アダルトチルドレンブームの火付け役の一人となった臨床心理の専門家です。現在は日本公認心理師協会の会長です。『ここはすべての夜明けまえ』のおとうさんと語り手の関係性を考える際に参考になることでしょう。記事を書きましたので、宜しければお読みください。
最後までお読みいただき有り難うございました!
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