世の中には、文学作品を評価する賞がたくさんあります。歴史が長く知名度が高いのは、おそらく芥川賞と直木賞でしょう。毎回メディアでも受賞者のコメントを見ることができますし、SNS界隈でも非常に盛り上がりますよね。最近では、本屋大賞もかなり注目を浴びる賞になってきました。
今回は、第164回芥川賞を受賞し、2021年本屋大賞にもノミネートされた『推し、燃ゆ』をご紹介します。作者はなんと1999年生まれの宇佐見りん氏。初出は「文藝」2020年秋季号とのことですから、発表時点で21歳とたいへん若い作家さんです。
そして、これが…かなり良かった!現代的なテーマを取り扱いつつも、文章表現にうならされました。まさに芥川賞受賞にふさわしい作品です。さっそく見ていきましょう!
こんな方にオススメ
- 芥川賞作品が読みたい
- 推し活の世界に関心がある
- 新しい作家さんに出会いたい
本書の主な登場人物
山下あかり
本作の主人公。推しを推すことに全てを費やし、推しの見る世界を解釈することを重視する。要領よく日々の雑事をこなすことができないが、自身の書くブログを読むフォロワーからは「優しくて賢いお姉さん」という評価も。
あたしには、みんなが難なくこなせる何気ない生活もままならなくて、その皺寄せにぐちゃぐちゃ苦しんでばかりいる。だけど推しを推すことがあたしの生活の中心で絶対で、それだけは何をおいても明確だった。中心っていうか、背骨かな。
引用元:宇佐見りん『推し、燃ゆ』(河出書房新社)
上野真幸(まさき)
あかりの推し。「まざま座」という5人組グループに所属している。イメージカラーは青。ファンを殴ったという報道から、本作ははじまる。
リズミカルで想像力を刺激する文章にしびれる
さすが芥川賞を受賞した作品!その日本語の使い方にしびれながら読むこと必至です。本作は推し活という、比較的現代的なテーマを主題に話が展開されていきますが、宇佐見りん氏の文章は時を超えて今後も読み継がれるであろうことが容易に想像できます。
なんといっても、文体がリズミカル。たとえば、本作冒頭の4文はそれぞれ短い文で淡々と異常事態を伝えつつも、声に出して読んでみるとどこか躍動感が感じられるのです。
推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。まだ詳細は何ひとつわかっていない。何ひとつわかっていないにもかかわらず、それは一晩で急速に炎上した。
引用元:宇佐見りん『推し、燃ゆ』(河出書房新社)
そして、なるほどこういう表現もありなのか、と何度も感服させられる文章がありました。
たとえば、以下引用した部分では、「足の爪にかさついた疲労が引っ掛かる」という言葉に、その様子を思い浮かべずにはいられませんでした。現実世界でそうした様子を目にすることはありえませんが、文章表現としてこれほど的確なものはないなと感嘆してしまいます。
(中略)長いこと切っていない足の爪にかさついた疲労が引っ掛かる。外から聞こえるキャッチボールの音がかすかに耳を打つ。音が聞こえるたびに意識が一・五センチずつ浮き上がる。
引用元:宇佐見りん『推し、燃ゆ』(河出書房新社)
推しを推すことで人生を実感する
本作は推し活をテーマにしていますが、その推しという行為を詳細に語るというよりは、推し活をする主人公の人生や生きづらさに焦点を当てています。
保健室で病院の受診を勧められ、ふたつほど診断名がついた。
引用元:宇佐見りん『推し、燃ゆ』(河出書房新社)
具体的な病名ははっきりとは書かれていませんが、読み進めていくにつれて発達障害の傾向があることがわかります。主人公が日常をうまくやりくりできない姿は、村田沙耶香『コンビニ人間』の主人公を見ているようでした。
親の期待に応えられるような勉強もできず、皆が難なくできる当たり前のことがこなせない。その一方で、推しを理解することにかけては天下一品の集中力を見せます。
推しの基本情報はルーズリーフにオレンジのペンで書き込み、赤シートで覚えた。
引用元:宇佐見りん『推し、燃ゆ』(河出書房新社)
推しを推すことでのみ、自分の人生を実感できる。一見まったく価値がないと思われる行為のなかに主人公の人生が集約されているし、光を得ることができているのです。
この生きづらさは、推しも感じていたのでしょう。ラジオでの発言からその様子が伺えます。
「いや、たまにいるのよ。いつから好きですとか、何年前から応援してますとか、近況報告とか、とにかく自分のことだけ綴った手紙書いてくれる子。うれしいよ、うれしいんだけど、なんか心理的な距離がね」
引用元:宇佐見りん『推し、燃ゆ』(河出書房新社)
「そりゃファンは、だって、わかんないよ。いつも上野くんのこと見てるわけじゃないし」
「でも、近くにいる人がわかってくれるわけでもないんだよ。誰と話してても、あ、今こいつ何にもわかってねえのに頷いたなって」
こうした推しの発言を受けて主人公は共通性を感じて、さらに推しに惹かれていったという解釈も可能でしょう。
この記事をお読みの皆さんには、推しと呼べる存在がいますか?私は、あまり一途なタイプではないので何度か変遷がありましたが、特に思春期には推しと呼べる存在がいつもいました。
大金を使ったりイベント参加に夢中になるというほどでは無かったのですが…推しの存在は、自分の価値観に常に影響を与えたし、推しと自分自身との共通点を探っていたようにも思います。推しを推すということで、自分自身を確認していたのかもしれません。
そうした経験があるので、主人公が生活を破綻させながらも推し活に邁進していく姿には、どこか共感する部分がありました。
なんにせよ、また宇佐見りん氏の作品を読みたいです!
関連書籍
- 宇佐見りん『かか』(河出書房新社):宇佐見りん氏のデビュー作であり第56回文藝賞、第33回三島由紀夫賞を受賞した作品。三島由紀夫賞はなんと最年少での受賞です!
- 村田沙耶香『コンビニ人間』(文藝春秋):第155回芥川賞受賞。『ザ・ニューヨーカー』が選ぶ「The Best Books of 2018」にも選出され、国内外に大きな影響を与えました。
- 三宅香帆『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン):推しを推すにあたって「やばい!」「すごい!」しか出てこない、という方は少なくありません。そんな方に是非読んでいただきたいのがこちらの一冊です。
最後までお読みいただき有り難うございました!
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