心理学を勉強したいと思う方の多くは、カウンセリングなどをとおして誰かを支えたい、助けたいという思いがあるのではと思います。そして、ゆくゆくは心理系の資格を取得したいという目標もお持ちなのではないでしょうか。
私がかつて4年制大学の心理学部に通っていたときのこと。周囲の同級生と会話をしていると、「臨床心理士になるには大学院に進学しなきゃだよね…!」なんていう話題が頻繁に登場したものです。(当時は公認心理師の資格は存在していませんでした)
ただ、4年間通うなかで心境の変化があったり、必修科目の統計法に挫折したり、臨床心理士に抱いていたイメージにギャップがあったり…。大学卒業時の段階では、こうしたさまざまな理由から、臨床分野で働くことを選ぶ学友はかなり減っていました。
そこで、このような現実を前にあらためて理解しておきたいのが、臨床心理学とはどのような学問なのか?ということです。
今回は、学問そのものについて考えを深めたり、視覚的に理解を促進する放送授業が充実している「臨床心理学概論('20)」の印刷教材(テキスト)をご紹介します。
本講座の基本情報
本講座「臨床心理学概論」は、放送大学で開講されている科目です。
- 2020年度開設
- 放送授業(テレビ配信)
- 心理と教育コースの専門科目
具体的なシラバスはこちらからご参照ください。
放送授業はテレビで公開されており、書籍はAmazonほか各書店でお買い求めいただけます。各地域におけるテキスト取扱書店は下記をご参照ください。
こんな方にオススメ
- 臨床心理学の本を読んで勉強している
- 臨床心理士や公認心理師を目指している
- 臨床場面における実務的な話を聞きたい
目次
本書の目次は下記のとおりです。全15回の放送授業に沿った章立てとなっております。
1 臨床心理学とは何か
2 心理アセスメント1ー目的と方法ー
3 心理アセスメント2ー信頼性と妥当性,知能・発達検査ー
4 心理アセスメント3ーパーソナリティ検査,神経心理学的検査ー
5 心理療法1ーフロイト派のアプローチー
6 心理療法2ーユング派のアプローチー
7 心理療法3ーロジャーズ派のアプローチー
8 心理療法4ー認知行動療法ー
9 心理療法5ーマインドフルネスー
10 心理療法6ーその他のアプローチー
11 コミュニティ・アプローチ
12 医療分野の心理臨床
13 教育分野の心理臨床
14 福祉分野の心理臨床
15 全体を振り返って
臨床場面における代表的な心理アセスメント手法と心理療法を学べる
目次を見れば一目瞭然ですが、本書を一通り通読することで、代表的な心理アセスメント手法と心理療法の概略を学ぶことができます。加えて、後半の第11章から第14章では、各分野における実践例に触れることができます。
本科目の最もすぐれた点は、放送授業が大変充実しているところです。印刷教材(テキスト)だけでは想像し得ない深い世界が広がっているのです。
本講義の受講者は必ず放送教材を丁寧に視聴していただきたい。ゲストに実力のある心理臨床家をそろえているということもあるが、映像と音声から得られる情報量は書物をはるかに凌駕する。
引用元:倉光修『臨床心理学概論(放送大学教材)』(放送大学教育振興会)
臨床場面においては、クライアント(相談者)のこころのうちを理解するうえで、もちろん発言内容や記述内容といった言語表現を尊重します。しかし一方で、イラストや箱庭による表現といったイメージの世界も、とても重要なものとして取り扱います。
こうした右脳に属するイメージ表現の世界は、主に言語を用いて伝えようとする書籍では、おそらく限界があるのでしょう。これまで「臨床心理学の本を読んで勉強をしてきた」という方は、放送教材を是非見てほしいです。
また、私が約15年前に学生だったときには学んだ記憶がない「マインドフルネス」にまるまる1章分が割かれていたのも印象的で驚きでした!とはいえ、あのスティーブ・ジョブズも迷走に取り組んでいたといいますし、00年代後半になってから世界的に市民権を得たことは事実なのでしょう。
もともとマインドフルネスは仏教思想から宗教性を取り除いたものです。治療法や研究対象として、受け入れられやすい資質を十分備えていたということもできます。
過去に臨床心理学を学んでいたけど知識をアップデートしたい、という方にもオススメです。
臨床心理学とは何か
本科目を受講する方のほとんどは、臨床心理士や公認心理師の資格を目指していたり、カウンセリングの世界に興味がある方なのではと思います。学術として研究するために学ぶというよりは、実践に向けて学びたいという動機の方が多いかもしれません。
放送教材のゲストとして招かれた先生方は、実戦経験も豊富で超一流の方ばかりです。第7章で飯長喜一郎先生が登場したときは、感激して少し震えてしまいました…(^^;)!しかも、医療・教育・福祉の各分野において、現在も現場で活動されている方々の実践例を聞くこともできるのです。
一般的な4年制大学だったりすると、その大学の教授だったり他大学の講師が一人で半年間、授業を受け持つことがほとんどだと思います。一つの科目内でゲストスピーカーをたくさん呼ぶことができるのは、放送大学ならではのメリットを生かしているといえるかもしれません。
ただ、本書で語られているのは、そうした心理アセスメント手法や心理療法、現場の実践例だけではありません。ここで注目したいのは、第1章と第15章で語られている、臨床心理学とは何かという学問そのものに対する議論です。
そして、ここの議論が深い。考えさせられてしまうのです。現場の実践に向けて学びを深める方こそ、臨床心理学とは何かという点について真に理解を深めておくべきなのです。
きっと、医者が生命倫理に根ざした治療を行うのと同様で、心理臨床においても必ずや重視されるポイントなのでしょう。
科学の知と臨床の知とは
将来実践家として活躍することを考えていない方にとっても、心理学の各領域を捉え直す点で第15章は議論の材料を提供してくれるのではと思います。
本科目を受講するにあたって、受講生のみなさんが知りたかったことは何だったろうか。これまでの各章でその答えがある程度得られただろうか。なかには、かえって分からなくなったと感じている人もいるかもしれない。そこで、この最終章では、臨床心理学という学問の全体像について、再度、捉え直してみたいと思う。
引用元:倉光修『臨床心理学概論(放送大学教材)』(放送大学教育振興会)
心理学は人間を対象とした科学である、という主張はしばしば見られます。私自身も、おおむねそのような印象を持っています。
しかし、統計学を用いた数的処理によって事象を明らかにすることを試みるような科学的側面が強い心理学(科学の知)と臨床心理学(臨床の知)とは、研究手法やプロセスが全く異なるといっても言い過ぎではないはずです。
「では、どう違うのか」という点を放送授業のなかで倉光修先生と斎藤清二先生が対談しているのですが、これまた深い。両者の見解はおおむね近いのですが、細かな点で捉え方に若干の違いがあり、その対談を聞きながら「はて、自分はどうだろう?」と考えてしまうのです。
これと決まった正解はないと思いますし、時代に応じて変化していくものかもしれません。多くの場合、資格取得に向けた勉強をする際は一問一答で答えを暗記できたり、法則を簡潔に一般化したりすることができるでしょう。
しかし、こと臨床の知という分野においては、一種の哲学・信念としてまとまった考えを持つことが、個々人に求められるということなのかもしれません。
こうした意味で、本科目を通じて学びを深めたところ、かえって臨床心理学というものが分からなくなってしまう方もいることでしょう。ただそれはそれで、きちんと学んだ証…?かもしれませんね!
関連書籍
- 森津太子、向田久美子『心理学概論(放送大学教材)』(放送大学教育振興会):心理学を学ぶ方は、まずこちらの書籍からスタートすると良いです。2024年度には改訂版が登場し、よりパワーアップしています。2018年度版について記事を書きましたので、宜しければお読みください。
- 大山泰宏『心理カウンセリング序説: 心理学的支援法(放送大学教材)』(放送大学教育振興会):カウンセリングや心理療法をさらに深く学びたいという方にはこちらがオススメです。
- 中村雄二郎『臨床の知とは何か』(岩波書店):「臨床の知」という言葉の発祥はこちらのようで、『臨床心理学概論(放送大学教材)』の印刷教材にも文献として掲載されています。少し骨のある一冊ですが、実践家を目指すかたは是非読んでおきたい一冊。
- 河合隼雄『河合隼雄のカウンセリング教室』(創元社):日本で最も著名な心理臨床家の一人、河合隼雄先生。カウンセリング講座での講演録5年分を一冊にまとめたものです。話し言葉なので、非常に読みやすい!人と関わるとはどういうことか、考えさせられます。
最後までお読みいただき有り難うございました!
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