公認心理師を目指して、心理系科目の単位を放送大学で少しずつ積み重ねている私。2年目の後期は「障害者・障害児心理学('21)」を学ぶことにしました。私がこの科目に関心を持った理由は、大きく次の3点です。
- 過去に障害を持つ方のボランティア活動をしていて、当事者の方のできることとできないことへの理解や支援のあり方について悩んだことがあった。
- 4年制大学の同級生や先輩が臨床心理士になり、発達障害のある子どもの支援に携わっている。その仕事の世界を知りたいと思った。
- 企業のサステナビリティ推進の流れのなかで、障害のある人びとと一緒に働くうえで配慮すること、就労を促進するためのマインドを学びたかった。
家族に障害を持つ人が一人もいなかったり、一般企業で長らく働いてきたという方は、「障害児」「障害者」という言葉を聞いても、「自分と関わる機会のない人だしよく分からない」と考えるかもしれません。
私は、「障害者」と「健常者」は実は地続きに繋がっているものだと思っています。人生のある時期を境に、「健常者」として生きてきた人が突然「障害者」として生きていくことになる、というのは全く珍しいことではないからです。
ですから、「障害者/健常者だから○○ができる/できない」ではなく、「■■さんだから○○ができる/できない」という捉え方の方が、その方の個性や特徴を正確に捉えられるという見方をしています。
とはいえ、このように頭でっかちに理想だけ掲げていても、具体的な支援現場ではきっと役に立たないことでしょう。ということで、学び続けようと選んだのが「障害者・障害児心理学('21)」だったのです。
そんな私にとって、この科目はかなりハイレベルな内容がたくさん含まれていました…!というのも、本書の随所に示されているとおり、大学院科目の『障害児・障害者心理学特論』からの加筆修正による掲載が大変多いのです。
※本章は、古賀精治(2013)「知的障害児・者の理解」(田中新正・古賀精治編著『障害児・障害者心理学特論』、放送大学教育振興会、pp.95-106)を元に加筆修正した。
引用元:古賀精治『障害者・障害児心理学(放送大学教材)』(放送大学教育振興会)
よって、できれば導入科目などを事前に履修したり障害者支援の本を読むなどして、自分なりに基礎内容への理解を深めてから本科目に挑戦するのがよいでしょう。今回は、総勢5名の講師陣による、実務にも役立つ「障害者・障害児心理学('21)」の印刷教材(テキスト)をご紹介します。
書籍は全国の書店などで購入できます。放送大学生でない方も、本科目の講義はBS放送などのテレビで視聴可能です。詳しい視聴方法は以下をご参照ください。
本講座の基本情報
本講座「障害者・障害児心理学」は、放送大学で開講されている科目です。
- 2021年度開設
- 放送授業(ラジオ配信)
- 心理と教育コースの専門科目
具体的なシラバスはこちらからご参照ください。
放送授業はラジオで公開されており、書籍はAmazonほか各書店でお買い求めいただけます。各地域におけるテキスト取扱書店は下記をご参照ください。
こんな方にオススメ
- 障害がある方の支援に携わる仕事がしたい
- 実務で支援が必要な方がいる
- 自分や家族が障害者であり、より具体的な理解を深めたい
目次
本書の目次は下記のとおりです。全15回の放送授業に沿った章立てとなっております。
1 社会における「障害」の変遷
2 特別支援教育
3 視・聴覚障害者(児)の理解と支援
4 知的障害者(児)の理解
5 知的障害者(児)への支援
6 肢体不自由者(児)の理解
7 肢体不自由者(児)の支援
8 身体疾患のある者(児)の理解と支援
9 精神障害者(児)の理解と支援
10 発達障害者(児)の理解と支援ーADHD(注意欠陥/多動性障害)ー
11 発達障害者(児)の理解と支援ーLD(学習障害)ー
12 発達障害者(児)の理解と支援ー自閉症ー
13 乳幼児期における障害とその支援
14 障害の理解・受け止めと家族支援
15 障害と地域生活ー社会参加ー
「障害」という言葉の定義は、実は定まっていない?
ここ10年ほどで日本によく知られるようになった障害に「発達障害」があります。「発達障害」には、ADHD(注意欠陥/多動性障害)やLD(学習障害)、自閉症が該当します。
日本では、このように発達障害が新たな障害カテゴリーとして独立している一方で、DSM-5(米国精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)では、発達障害はあくまで神経発達障害群の一つとして、知的障害と同じ障害群に属しています。
私自身も、昔とある精神科医の方の講演会に参加した際、「発達障害という言葉は、医学用語ではなく行政用語」と聞いたことがありました。本書でも、「発達障害者支援法」における「発達障害」という用語の示す範囲と、行政政策との関連に言及しています。
「発達障害者支援法」は2016年の改正を機に、就労支援の充実(第10条)、地域での生活支援の充実(第11条)、権利擁護のための支援の具体化・拡大(第12条および第12条の2)が図られ、手薄だった成人期の支援についても一定の配慮がなされている(鈴木、2018)。なお、すでに支援の制度が確立している知的障害は、その対象に含まれていない。もともと学術的には、「発達障害」とは知的障害はもちろんのこと、広義には脳性まひなどの発達期に生じる他の中枢神経系の障害をも含む包括的な障害概念とされる。したがって「発達障害者支援法」は行政政策上、本来広範囲な障害概念である発達障害の一部のみを法令上の発達障害と規定していることに留意する必要がある。
引用元:古賀精治『障害者・障害児心理学(放送大学教材)』(放送大学教育振興会)
要するに、医療・行政・福祉・教育のそれぞれで「発達障害」という言葉の定義が微妙に異なるという事態が生じているということです。
さらに、驚くべきは知的障害の定義です。実は、上記引用箇所にある「すでに支援の制度が確立している知的障害」は、なんと法律上の定義が存在しないというのです。なん…だと…!?
知的障害とはどういうことであろう。実は日本では知的障害を定義する法律がない。
引用元:古賀精治『障害者・障害児心理学(放送大学教材)』(放送大学教育振興会)
したがって公認心理師、臨床心理士等の心理専門職の主な領域である医療、教育、福祉等のそれぞれの分野で、どういう人のことを知的障害のある人というのか、その定義が少しずつ異なっている。
よって、まずこれまでの人生で自分が理解していた「障害」という言葉が、専門家によっては別の意味として解釈されてしまう可能性があるということです。実務家として支援に携わる方は、しっかりと理解しておくべき事実といえるでしょう。
覚えるべき内容が多い
さて、皆さんは行政文書をじっくりとご覧になったことがあるでしょうか。私自身の経験で恐縮ですが、過去に祖父が他界したあと自宅に届いた文書は、怪文書かと思われる難解さでひどく戸惑った覚えがあります。
障害児・障害者支援の世界では、上述のとおり行政との関わりが深そうだということが分かりますよね。さすがに怪文書とまではいきませんが、本科目では行政ならではの複雑で暗記すべき用語がたくさん登場しました。
実務経験がある方ならさほど苦労しないのかもしれません。しかし、全くの門外漢である私にとってとても難しく感じたのが、第2章の「特別支援教育」。制度上の仕組みを覚えるのがとても大変でした。これから学ぶ方は、履修開始直後に印刷教材をパラパラと眺めて、自分にとってどの章が難しそうか見当をつけたあと、勉強し始めるのが良いかと思います。
特に社会人学生の方などは、少ない時間をやりくりして勉強していることでしょうから、最初に全体を俯瞰することで、現実的な勉強計画を立てることができると思います。
がんなどの身体疾患も障害者・障害児心理学の範疇
「障害」の定義っていろいろあるんだなぁ…と思い読み進めるなかで、さらに「障害」という言葉の多様性を考えさせられる章がありました。それが、第8章の「身体疾患のある者(児)の理解と支援」です。
本章では、気管支喘息やがん、アトピー性皮膚炎、糖尿病といった、馴染みのある疾患名が登場します。そうです、こうした身体疾患も「障害」と捉えることができるのです。
第8章の「目標とポイント」の項では、以下のように述べられています。
人は生活していく上で、さまざまな病気を経験する。その病気が慢性疾患の場合には、比較的長期にわたって、治療や生活規制が必要となる。本章では、身体疾患のある者の体験理解、心理支援に関わる内容を理解することを目標とする。また、そのような疾患の具体例として「がん」を取り上げ、心理専門職に求められる役割について概説する。さまざまな病気により生活制限などが必要となる者に対する理解に必要な観点を紹介し、彼らの心理社会的課題および心理支援として、必要な観点について説明する。
引用元:古賀精治『障害者・障害児心理学(放送大学教材)』(放送大学教育振興会)
私は、本科目の履修を決める数ヶ月前に、乳がん検診で良性の腫瘍(以下の記事で触れています)が発見されていました。
当時の診断では良性腫瘍という結果でしたが、今後自分に悪性腫瘍が見つかった場合、自分は身体疾患がある「障害者」という立場になるのだな、と本書を読んでいて気がつきました。
誰かを支援するために学び始めた科目が、自分の人生を癒し前に進めるための学問になるかもしれない、と思うと不思議な気持ちです。
関連書籍
- 佐藤新治、古賀精治『障害児・障害者心理学特論 新訂』(放送大学教育振興会):ご紹介した本書で多々引用されているのが、こちらの書籍です。障害児・障害者心理学について学びをさらに深めるための一冊です。
- 荒井裕樹『障害者差別を問いなおす』(筑摩書房):脳性マヒ者によって結成された団体「青い芝の会」の活動から、障害者差別を考える一冊。障害のある子を持つ親の主張、コロニーの建設、優生保護法など一連のテーマを通じて、多様性を受け入れる社会のあり方について考えさせられます。
- 黒坂真由子『発達障害大全 ― 「脳の個性」について知りたいことすべて』(日経BP):発達障害の子を育てる編集者が各界第一人者の医師、研究者など13人に聞いて書いた「発達障害の教科書」です。なんと日経BPというビジネス系出版社から出ているベストセラーでして、続々重版と大変異色です。
- 西角純志『元職員による徹底検証 相模原障害者殺傷事件——裁判の記録・被告との対話・関係者の証言』(明石書店):事件現場となった知的障害者施設「津久井やまゆり園」でかつて勤務していた、西角純志氏による一冊。優生思想を完全に排除することは可能なのだろうか?カフカの長編小説『訴訟』に出てくる寓話、『掟の門』を題材に問題の核心に迫る一冊です。記事にしましたので宜しければご覧ください。
最後までお読みいただき有り難うございました!
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