近年、ショッキングなニュースを目にすることが多くなりました。名古屋入国管理局の施設でスリランカ人女性が亡くなったり、路上生活者の60代女性が亡くなったり。見ているだけでも大変痛ましく、社会の歪みをどこか感じさせもします。
これらの問題を根本的に解決するためにはどうしたらよいのでしょうか?社会的に弱い立場にある方の経済的自立を支えるのも一つの解となるでしょう。しかし、ひきこもりの方や専業主婦の方が正社員として再出発しようとする際、制度上・文化上の課題があることもよく知られていることと思います。
今回は、昨今の時代背景を踏まえたうえで、よりよいキャリア支援のあり方を模索する方に是非読んでいただきたい一冊をご紹介します。
こんな方にオススメ
- キャリア・コンサルタントの方
- 企業内や、就労支援事業所などでカウンセラーとして働く方
- 経済格差の拡大やLGBTQ、外国人労働者などのテーマに関心がある方
社会正義(Social Justice)とは?
本書のタイトルにも付されている「社会正義」。あまり耳慣れない言葉だな、とお感じの方も多いのではないでしょうか?
社会正義とは具体的に何をすることなのか。本書では世界銀行の報告書を引用しています。
・教育と雇用に関する平等な機会を支援する。
引用元:下村英雄『社会正義のキャリア支援: 個人の支援から個を取り巻く社会に広がる支援へ』(図書文化社)
・恵まれない人々や疎外された人々のニーズに対応する。
・マイノリティの社会統合を支援する。
・女性の労働市場参加を支援する。
・労働市場におけるジェンダーセグメンテーションに取り組む。
ここではマイノリティや女性など特定のカテゴリーに属する人々が列挙されていますが、他に「恵まれない人々」「疎外された人々」などの記述も。
つまり、主流や多数派に属していない人々を対象として、その不公平さから来る困難を解消するために解決策を一緒に考えたり、制度を是正させる働きかけをしたり、情報提供を行う、ということであると言えます。
ところで、正義(Justice)という言葉を耳にすると、日本人の私たちは「倫理的に正しい筋道・道理」のような印象を受けがちですよね。ただし、社会正義という用語においては、どちらかといえば「公正さ、公平さ」という意味で捉えるのがふさわしいでしょう。
実際、ジーニアス和英辞典で「正義」を調べてみると、Justiceは日本語で言うところの「公正さ」に該当するようです。
せいぎ【正義】
(公正さ)justice[U];
(倫理的正しさ)right[U]
なお、小学館の日本大百科全書(ニッポニカ)を開いてみると、「正義」という項目には下記の記述がありました。私自身は「社会正義」という言葉を本書で初めて知ったのですが、本書でも随所で語られているとおり、世界的にはすでにかなり重要なキーワードとなっているようです。
最近では正義の問題は、とくに「社会正義」social justiceという形で、現代世界における貧富の格差と社会経済的搾取や不平等、差別や人権侵害、政治的抑圧や軍事的暴力的対立と抗争などの諸問題を告発し、その解決を求める人道的人類的課題を呈示するものとして注目されている。
本書の構成
本書は下記の章構成を取り、前半でキャリア理論の歴史・先行研究を俯瞰したうえで、その具体的な実践(プラクティス)を見ていきます。
はじめに
序章 社会正義のキャリア支援とは何か
第1章 欧州キャリアガイダンス論
第2章 多文化キャリアカウンセリング論
第3章 社会正義のカウンセリング論
第4章 3つの可能なプラクティス① ー深い意味でのカウンセリングー
第5章 3つの可能なプラクティス② ーエンパワメントー
第6章 3つの可能なプラクティス③ ーアドボカシーー
終章 社会正義の実践に向けて
おわりに
特に前半部での理論の紹介においては、専門用語や研究者名も頻繁に登場するためやや取っつきづらい面はありますが、下村氏の解説はとても分かりやすく、読み手の理解を助けてくれます。
たとえば、
アービングは、社会正義のキャリア教育論の考え方を濃厚に伝える研究者ですので、少し引用を続けます。アービングは次のように述べます。
キャリア教育・キャリアガイダンスは、グローバルな労働市場における雇用主の要求と結びついた道具的価値をあまりに強調しすぎてきた。(後略)
難しい言葉づかいが多いので解説しますが、まず「グローバルな労働市場における雇用主の要求と結びついた道具的価値」という言葉が出てきます。
引用元:下村英雄『社会正義のキャリア支援: 個人の支援から個を取り巻く社会に広がる支援へ』(図書文化社)
のように、文献を引用しながら、すかさずその意味するところを噛み砕いた表現で解説してくれます。実際、英語文献をそのまま日本語に直そうとすると不自然な訳になりがちですし、行政上の文書はやけに堅苦しい言葉で書かれていたりしますよね。この点が専門的知識を吸収する上での弊害となることも多いですが、著者の豊富な講演経験もあってサポートは万全です。
後半部は多文化カウンセリングを学んだことのある方にとって、馴染みのあるキーワードでしょう。これらをより深く理解するために、その実践例を見てゆく内容となっています。
経済格差の研究
本書を読んで、私の心に印象を残した研究内容をご紹介しましょう。ブルースティンによる「忘れられた半分の声:学校から職業への移行における社会階層の役割」という論文です。
この論文は、社会正義のキャリアカウンセリング論の中で、他の文献に引用される回数が飛び抜けて多く、最も重要な論文だそうです。
さて、この論文は、インタビューで語られた言葉をもとに、社会階層によって職業意識やキャリア意識のあり方がまったく異なることを、はっきりと示しました。
引用元:下村英雄『社会正義のキャリア支援: 個人の支援から個を取り巻く社会に広がる支援へ』(図書文化社)
(中略)
アッパーな若者にとっては、自分の能力にあった仕事をすることが重要なことであり、また、そうした仕事があると考えています。一方、ローワーな若者は、仕事をする理由はお金であり、また、それしかないとさえ考えています。
インタビューの対象となった若者たちの人種や階層、また彼らの発言内容の詳細については本書をご参照ください。上記は社会階層の違いによる意識の差を明らかにしていますが、彼らが通った「学校」の違いについても記載されています。
日本でも経済格差が年々拡大している印象があります。過去の研究から得られるヒントは少なくありません。若者の就労支援に携わる方には是非一読していただきたい内容でした。
おわりに
制度的、社会的、文化的に不公正があると感じている方には、是非読んでいただきたい一冊です。社会正義は、最近話題となっているSDGs(持続可能な開発目標)における下記の目標とも密接に関連する領域でしょう。
4「質の高い教育をみんなに(Quality Education)」
5「ジェンダー平等を実現しよう(Gender Equality)」
8「働きがいも経済成長も(Decent Work and Economic Growth)」
10「人や国の不平等をなくそう(Reduced Inequalities)」
16「平和と公正をすべての人に(Peace, Justice and Strong Institutions)」
世界を良くするために、私たちは何ができるのでしょうか?大それたことはできないかもしれないけれど、皆が小さな平和を実感できるように社会正義のスタンスで日々の仕事に一生懸命取り組み、生活していきたい。読み終えた後、私はそんなふうに感じました。
最後までお読みいただき有り難うございました!
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