オープンダイアローグという手法をご存じでしょうか?昨今、精神科医療で注目されており、斎藤環氏が邦訳したのをはじめとして、さまざまな本が出版されています。
今回は、そんなオープンダイアローグに関する本のなかでも最も分かりやすい!と自信を持ってオススメできる一冊をご紹介します。
こんな方にオススメ
- 精神科医療の仕事に従事しており、クライアントとの対話に悩みがある方
- 傾聴をベースとした対人ボランティア活動を行っている方
- 職場の活性化をしたいと考えている方
オープンダイアローグとは?
統合失調症患者を対象に、フィンランドで1980年代に始まった新しい治療理念です。具体的には、下記の7原則を元にクライアントを取り巻く関係者と治療チームで定期的に対話を行い、状態の改善を目指す手法となります。
原語(一般的な訳) | 意味 | |
1 | Immediate help(即時対応) | 必要に応じてただちに対応する |
2 | A social networks perspective(社会的ネットワークの視点を持つ) | クライアント、家族、つながりのある人々を皆、治療ミーティングに招く |
3 | Flexibility and mobility(柔軟性と機動性) | その時々のニーズに合わせて、どこででも、何にでも、柔軟に対応する |
4 | Responsibility(責任を持つこと) | 治療チームは必要な支援全体に責任を持って関わる |
5 | Psychological continuity(心理的連続性) | クライアントをよく知っている同じ治療チームが、最初からずっと続けて対応する |
6 | Tolerance of uncertainty(不確実性に耐える) | 答えのない不確かな状況に耐える |
7 | Dialogism(対話主義) | 対話を続けることを目的とし、多様な声に耳を傾け続ける |
こちらのオープンダイアローグ、最近脚光を浴びておりまして、心理などの領域を対象とした勉強会で頻繁に目にするようになりました。
精神医療の場では投薬による治療が一般的ですので、対話を主眼におくというのは実際とても画期的で、目新しく感じられることなのです。私自身、のべ5回ほどワークショップに参加してきました。
実は、学び始めた当初は「このようなやり方で治療になるのだろうか?」と懐疑的な思いが強かったですが、ワークショップで実際に体験してみるとその効果に驚くばかりでして、当時の経験が今も忘れられません。
まんがを通して実践方法とその効果がイメージできる
「どんなふうにオープンダイアローグが進められるのか?」という点は、本書の3分の2を占めるまんがで実例を通して直感的に理解することができます。
私は以前、オープンダイアローグ提唱者のセイックラ教授による論文集をベースとした『オープンダイアローグとは何か』(医学書院)という本を読んだことがあります。今回ご紹介している『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』(医学書院)はこの本のエッセンスを見事に凝縮しており、『オープンダイアローグとは何か』よりもはるかに分かりやすい構成となっていました。
全体を通して2時間程度で読み終えることができるはずです。医療の現場で忙しい日々を送る方々には、まんがだからと馬鹿にせずその概要を把握できるという点で本書はとても有用であるといえるでしょう。
解説を担当した斎藤環氏も「はじめに」の章で次のように語っています。
本書は、オープンダイアローグをテーマとした、世界でも初めての「まんが解説書」です。
引用元:斎藤環(解説)、水谷緑(まんが)『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』(医学書院)
おそらく、いま出版されているいかなる文献よりも、わかりやすくコンパクトに、オープンダイアローグの説明がなされていると思います。もちろん本書を読めば、すぐに完璧な対話実践ができる、とまでは言いません。なんとなく「いま話題のオープンダイアローグってどんなものなのかな、でも入門書とか読む時間ないし」と感じている人に、最初に気軽に手に取ってもらえる本を目指しました。
私もやってみようかな?と思える内容
読み進めていくと、オープンダイアローグとは医者の専門性がない人でも実施できそうなことがわかってきます。医学の知識をベースに1対1の密室内で治療を進めるのではなく、オープンダイアローグを取り巻く複数の参加者がそれぞれの人生経験を元にした主観を間接的にフィードバックする、という方法をとるためです。
そして、こうしたやり方ならば民間企業や家庭の困りごとにもオープンダイローグの要素を応用できそうに感じられてきて、私は思わず「なんだか私もやってみたいな~!」という気持ちがムクムクしてきました。
ただ、気を付けなければならないのは「これだけはやってはいけない」というポイントが存在することです。この点が気になってはじめの一歩を踏み出せない、という方も多いことでしょう。
本書ではこうした「これだけはやってはいけない」ポイントを「べからず集」としてまとめているのですが、ここでもただの解説にとどまらず、発言例を具体的に示して注意喚起しています。
たとえば、「傾聴が尋問になる」というタイトルではこんな記載が。
「ご本人はご両親からずっと無視されてきたとおっしゃっていますが、事実でしょうか? それが事実として、無視が虐待に当たるという認識はお持ちでしたか? 虐待かもしれないと考えていたのに無視を続けたのは、何か理論的裏づけがあってのことでしたか?」
引用元:斎藤環(解説)、水谷緑(まんが)『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』(医学書院)
ここでは参加者が客観的な視点で議論しようとしていますが、オープンダイアローグは「議論」ではなく「対話」です。なるほど、なるほど…と興味を持って読んでしまいました。
民間企業に長く勤めている方のなかには、客観的な観点で「議論」を進めていくことが美徳として身体に刷り込まれてしまっていることも多いのではないでしょうか。これはオープンダイアローグにおいては「べからず集」に相当する振る舞いになります。
なお、「対話」の本質については下記の記述が分かりやすかったです。「議論」「対話」「会話」…。言葉の定義をあらためて考え直すとともに、核心を突いた説明に納得してしまいました。
劇作家の平田オリザさんが、対話と会話の違いを指摘しています。会話というのは、「合意と同一化を目指す」もの。対話というのは、「自分と相手がいかに違っているのかを理解し受け容れる」ためのもの。違っているからこそ対話ができるというのはそういうことであろうと思われます。
引用元:斎藤環(解説)、水谷緑(まんが)『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』(医学書院)
客観的なこと、正しいことを尊重しすぎると、対話の契機は失われ、正しいことや客観性を目指すような「会話」に成り下がってしまいます。
関連書籍
- 斎藤環(著・訳)『オープンダイアローグとは何か』(医学書院):『まんが やってみたくなるオープンダイアローグ』で一通りの概念を理解したあと、読み進めると良いでしょう。オープンダイアローグの第一人者セイックラ氏の論文とその解説に触れることで、まさに書名のとおり「オープンダイアローグとは何か」が深く理解できることと思います。
- ヤーコ・セイックラ(著)、トム・アーンキル(著)、斎藤環(翻訳)『開かれた対話と未来 今この瞬間に他者を思いやる』(医学書院):「オープンダイアローグ」の理論的主導者であるセイックラ氏と、オープンダイアローグの派生型ともいえる「未来語りダイアローグ」を開発したアーンキル氏が共同執筆。オープンダイアローグをより深く知るために読んでおきたい一冊です。
- 斎藤環『中高年ひきこもり』(幻冬舎):ここまで紹介してきた書籍の著者・翻訳者としてオープンダイアローグを日本に拡げている斎藤環氏。ひきこもり問題で著名なのでご存じの方も多いことでしょう。こちらの新書は、別記事でも紹介しています。もしよろしければ併せてご覧ください。
最後までお読みいただき有り難うございました!
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