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【書評】晩成社による十勝開拓を小説化!「チーム・オベリベリ」を読む

【書評】乃南アサ『チーム・オベリベリ』(講談社) 書評

明治維新から約150年。現代ニッポンの基礎はこの時期に形作られたといえるでしょう。温故知新といいます。新型ウィルス感染症の流行によって新たな時代の変わり目を経験している21世紀の私たちにとって、当時の出来事から得られる学びがあるでしょうか――。

今回は、文明開化の時代に北海道・十勝地方の開拓に取り組み、現在の帯広市の礎を築いた晩成社を題材にした小説をご紹介します。

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著者の経歴は?

乃南アサ氏は、1988年に「幸福な朝食」で第一回日本推理サスペンス大賞優秀作、1996年に「凍える牙」で第115回直木賞を受賞。他にも各賞を受賞する日本の著名な小説家です。

ずっとお名前は存じていたのですが、恥ずかしながらこれまで読んだことがなく。乃南氏の作品は、今回ご紹介する「チーム・オベリベリ」が初です。これがメチャメチャ良かったので、少しご紹介させていただきます。

主人公は女性!渡辺カネ

「でも、あとは学問しかしてこなかったのです。農業のことなど何も分からないし、力仕事一つしたことのない私が、夫となる方や、他の開拓団の方々の足を引っ張ることには、ならないでしょうか」

引用元:乃南アサ『チーム・オベリベリ』(講談社)

本作の主人公はカネ。この女性、かなりの才媛です。

父、兄の影響を受けてキリスト教信者となり、横浜の共立女学校にて校費生(授業料や舎費、食費などすべてが免除になる代わりに、学校の事務の手伝いをする他、低学年の生徒の面倒を見ることが役割として義務づけられる)として学び、皇漢学を修めました。卒業後は舎監として教師の職を勤めます。

少しでも時間があると蘆の原に鎌を入れるが、すると蚊やブヨが襲いかかってくる。痛いかゆいと嘆いている間に陽が傾いた。

引用元:乃南アサ『チーム・オベリベリ』(講談社)

これほどの才媛なのに、なんと未開拓の地、オベリベリへ旅立ってしまいます。背景には、明治維新の影響を受けてカネの家が没落士族となったことが関係しています。

没落士族って?

現在もコロナウィルスなどの感染症の流行を受けて時代が大きく変化している最中ですが、約200年に亘る鎖国が終わり、文明開化を迎えて西洋の文化が続々輸入されていく当時は、それこそかなりの大変化でした。

江戸が東京と呼ばれるようになるのと前後して、カネの父上、鈴木親長が父祖の代から仕えていた信州の上田藩も消え去った。その後、家禄は奉還することになり、父上はついに失業の憂き目に遭う。

引用元:乃南アサ『チーム・オベリベリ』(講談社)

そんななか、カネの父、鈴木親長(ちかなが)は耶蘇教(現在でいうところのキリスト教)に信仰を得、信徒となります。父の影響を受け、嫡男である銃太郎、カネも耶蘇教を信仰するようになったのでした。

ただし、家族全員が信徒になったわけではなく、カネの母、直(なお)はこのことに猛反対しました。

カネの兄、鈴木銃太郎

カネの兄、銃太郎は宣教師のワッデル師の私塾に身を寄せながら、東京一致神学校に通い、努力の結果、埼玉の教会で牧師の職を得ます。しかし、女性の信徒と不義があったとの噂が立ち、なんと牧師を罷免されてしまいます。

そんな中、同じくワッデル塾で学んだ仲間からの誘いもあり、北海道開拓に興味を持つようになります。

「ほれ、依然わしが読んでおった書物があるじゃろう。『没落士族ノ北海道移住説』という。銃太郎は、あれのことも思い出したらしい」

引用元:乃南アサ『チーム・オベリベリ』(講談社)

父もまんざらでもない様子で、北海道の開拓に心を傾けるようになります。こうして、カネは父、兄の影響を受けて開拓について考えを深めていきます。

銃太郎は、冷静で責任感があり頼れる存在で、武士の面影の残る人物として描かれています。しかし決して冷徹なわけではなく、たとえば、開拓においては次のような熱さも併せ持った姿がうかがえます。

時代が変わって髷を落としたときと同じように、牧師という立場をきっぱり諦めて、最初は力と知恵を借りるばかりだったアイヌらに「泣き虫ニシパ」と呼ばれながら、今では彼らの救済策に奔走するまでになっている。

引用元:乃南アサ『チーム・オベリベリ』(講談社)

銃太郎は、晩成社一行のなかで一足早くオベリベリで極寒の冬を過ごしました。現地の風土に明るくない和人(シャモ)ただ一人であったため、アイヌから多大な助けを得て厳寒期を乗り越えたようです。

アイヌからは「パラパラ(泣き虫)・ニシパ(立派な男)」とも呼ばれていました。狩猟に頼る文化であるために、時に飢えに苦しむアイヌの姿を目の当たりにし、農耕の技術を教えるなど、カネの夫、渡辺勝とともにアイヌ救済に奔走します。

カネの夫、渡辺勝(まさる)

カネが北海道へ向かった理由として、兄、銃太郎が開拓者への転身を決断したことに大きな影響を受けているのは確かです。しかし、より直接的な理由としては、同じく開拓者への転身を決断した渡辺勝と結婚し、ともに生きていく覚悟をカネが受け入れた、という点が挙げられるでしょう。

「尾張名古屋から出てきてしばらくは、我らと同様、金のことで相当に苦労した様子じゃが、あれは、なかなかの硬骨漢と見た。やはり武家の出じゃが、北海道開拓に当たっては微塵もためらうことなく自らの手をとことん汚し尽くして、どんな百姓よりも働いてみせると言うておった」

引用元:乃南アサ『チーム・オベリベリ』(講談社)

もっとも、カネが敬慕する父からの打診があってこそですが、カネは勝の長身、声の良さといった風貌や雰囲気に心を奪われます。本作では主人公の夫ということで、開拓に取り組む3幹部のなかでは最も登場場面が多く、カネの心を惑わせる人物となりました。

この勝、なんとも豪快で人情味があり、とっても魅力的でした。カネのみならず私も素敵だな~と惚れてしまうエピソード多々あり。

「あー、呑んだ。呑んだがやぁ、カネぇ!」

引用元:乃南アサ『チーム・オベリベリ』(講談社)

アイヌからは「チキリタンネ(足長い)・ニシパ(立派な男)」とも呼ばれます。ただし、宴の席では分別を失うこともあるなど、お酒との付き合い方にいろいろと課題のある人物です。

尾張国名古屋の没落士族ということもあり、勝は「なゃあ」「おまゃあ」などとにかくにゃーにゃーみゃーみゃー言っています。名古屋は私の家系のルーツの一つでもあるので、なんだか親近感が湧いてしまいました。

余談ですが、後に渡辺家ではネズミ除けの効果も見込んで猫を買うようになります。

勝はワッデル塾に入塾し、耶蘇教の信徒となりました。ここで銃太郎と出会います。同塾にて依田勉三と出会い、伊豆の豆陽学校にて教頭の職を得て英語を教えるように。

依田勉三

そしてこの依田勉三が、まさしく北海道開拓を率いる人物です。

「渡辺くんが、その依田勉三という人を、それは褒めるんだ。身体は小さいが、考えることはとてつもなく果てしがないと。その辺の連中には到底、理解など出来んくらいだとな。それに、何しろ生一本なところがあって、一度こうと言い出したら何が何でもやり遂げてみせるという性格らしい。(後略)」

引用元:乃南アサ『チーム・オベリベリ』(講談社)

伊豆の素封家、依田家の三男として生まれました。武士ではありませんが、地元でかなり大きな力を持つ庄屋の息子であり、お金持ちです。そして、慶応義塾にいたこともあり、英語を学ぶためにワッデル塾に入塾し、勝と出会います。

さて、皆さん。お気づきでしょうか?

そう、ここまで登場したカネ、鈴木銃太郎、渡辺勝、依田勉三は当時の時代背景を見てもみな学があり未来ある若者たちなのです。もちろん、農作業はまったくしたことがありません

わたし
わたし

そんな人たちが未開の地を拓くなんて、

竹槍で戦車と戦うようなものじゃないか…!

なんて無謀なんだ…!逆にカッコイイ!!

ここまで登場した人物のうち、依田勉三だけが日本大百科全書(ニッポニカ)に掲載されています。こうして調べてみると、本当に実在したんだなぁと思うと同時に、その影響力の大きさを思い知らされます。

オベリベリ(帯広)という土地は依田勉三が選びました。そして、開拓にあたって出身地の伊豆で農民を募集し、総勢27名での移民団を結成します。

 依田さんは、下手くそなんだ。
 人に説明をする間合いを測るのも、人の気持ちを測るのも。

引用元:乃南アサ『チーム・オベリベリ』(講談社)

この依田勉三という人物、頑固で融通が利かないなどなかなか癖のあったようで、カネの評価も手厳しいです。しかし、物語が進むにつれてカネの依田勉三への評価は変化していき…このあたりは本作の見どころの一つです。是非作品を読んで楽しんでください!

 悪い人じゃない。

引用元:乃南アサ『チーム・オベリベリ』(講談社)

さて、ここまでで登場した依田勉三、渡辺勝、鈴木銃太郎の3名が熱く議論を交わし、オベリベリの地を切り開いていく姿こそが、「チーム・オベリベリ」という本作の作品名の由来となっています。

主人公のカネはこのチームの親族でもあり、開拓者として密に触れあうことで最も感じ入るところが多かったのでしょう。また、当時はまだ男女の性役割が完全に分離している時代でした。

女性として日々工夫しながら3名の晩成社幹部を支える姿に、私は読みながら頭が下がる思いだったのですが、こうした姿を描いている点からも、やはり本作の主人公にカネを据えた作者の思いというものが読み取れるような気がします。

晩成社

依田勉三が主に中心となって設立にこぎ着けた、晩成社についても触れておきましょう。

「会社の名前が決まったようじゃ。『晩成社』じゃと」
(中略)
開拓事業とひと口に言っても、何もない大地を切り拓くなど短期間で出来るはずもなく、並大抵の努力で成し遂げられるものではない。それだけに「大器は晩成す」から社名をつけ、どこまでも粘り強く、最後に大きな結果を生み出してみせるという決意のもとにつけたのだという。

引用元:乃南アサ『チーム・オベリベリ』(講談社)

晩成社は、依田家の後ろ盾を得て株式会社として設立されました。これにより、株主から開拓資金を確保することができるようになった、ということです。

しかし、オベリベリ開拓での不作や事業失敗が重なり、開拓農民たちへは株主からの借金がかさんでいくという悲劇が…。株主としては資金を提供しているのだから、大器晩成を悠長に待っていられない、という背景もあったのでしょう。

さて、なぜ不作に苦しめられたのでしょうか?

自然の厳しさ

なんと言っても自然の厳しさによるところが大きいです。バッタの襲来(蝗害)、霜(霜害)、洪水、野火など。

バッタの襲来は、関東に住む私には想像しにくいのですが、古くは旧約聖書でイナゴの大群(a plague of locusts)が記されており、現代においても2019~2020年に南アフリカで重大な被害を与えるなど、世界的に見て未だ克服できていない課題であります。

バッタの集団を発見したら、まだ成長が足りない作物であってもとにかく急いで収穫せねばならない、という具合です。なお、バッタの襲来がなくても、日常的に農作業中には蚊やブヨが始終襲いかかってきます。少なくともカネ、勝、銃太郎の3名とも、蚊から媒介して瘧(おこり・マラリア)に感染し、体調不良に苦しみます

次に、です。ビニールハウスなどもない時代ですので、朝晩に霜が降りることで作物が一日にして全滅してしまうことが多発しました。たった一回の霜でその年の収穫は水の泡です。また、極寒の冬期にあってはあまりの寒さに木が破裂することさえあった模様。

わたし
わたし

恐ろしい…

3つ目の洪水ですが、農業では大量の水を必要とすることから、川の近くに田畑を耕していました。世界の四大文明を見ても、古来から人の生活に川の与えた影響は大きいです。オベリベリは何しろ未開の地なので近代的な水道網が存在するはずもなく、雨の日が続くと川の氾濫で作物はおろか住まいを失うおそれがありました。

さて、野火はなぜ起こるのでしょう?それは、鹿の角を売り物にする人間が角を見つけやすくする目的で野に火を放つためです。時に開拓農民の家が焼かれたり、身の危険さえ感じさせられるものでした。

動物たち

田畑を耕し農作物で利益を出そうとしても、上述のとおりなかなか成果が出ません。そこで、晩成社は牧畜による実りを目論見始めます。鶏に豚、山羊などなど。これらは一定の成果を上げました。

他にも、霜害などで作物が全滅した場合には、積極的に鮭漁に出かけたり、狐や鳥を仕留めるなど生きるために必死の工夫をしました。

わたし
わたし

文明開化を享受できる立場にいた人たちが、

こうした原始的な生活を送っていたことに驚きです!

食料にするため、売って利益にするため、という目的以外にも、本作ではいろいろな動物が登場します。たとえば、アイヌ文化の一つとしてよく知られている羆送り(イオマンテ)の儀式に勝が参加する場面も。

また、農作業の助けとして馬の検討も進められていきます。読み進めながらいろいろな動物を是非探してみましょう!

チーム・オベリベリとカネを取り巻くアイヌ、開拓農民との関係性

前述のとおり、銃太郎や勝はアイヌに農作を教えたり、極寒の地を生き抜くすべを教えてもらうなど、両者は共生の関係にありました。依田勉三は株主への働きかけや物資の買い付けなど様々な目的でオベリベリを離れることが多かったようですが、オベリベリの元々の所有者であるアイヌを尊重する姿勢はあったようです。

カネ自身もアイヌの民族衣装であるアットゥシを着こなし一緒に畑仕事をして、積極的にアイヌの言葉を覚えるなど良い関係を築いていたようです。

一方、開拓農民たちとの関係性はどうだったのでしょうか。積み重なっていく借金、全滅する作物…。開拓民募集の際に投げかけられた口説き文句と現実との違いに、彼らは唖然とするばかりでした。こうして話し合いの場ではたびたび不和が起こり、依田勉三への不信感も増していき…

カネの、女性の開拓者としての視点も一考に値するでしょう。女性は他の地へ自由に移動できない状況であり、また子の養育などで自宅近辺での作業に集中せざるを得ない状況となっていました。開拓者たちの感情の変遷や議論の展開は、本作の大きな読みどころです!

カネの功績

カネは開拓に向かう前に教育者として働いていたため、オベリベリでも子供たちに学びの機会を与えたいと考えていました。したがって、内地から離れる際にも教育用の素材をオベリベリに持って行ったのです。勝もこれを大いに認めるなど、寛容な態度をとりました。

実際に開拓が始まると、日々の農作業や子育てで多忙ながらも、アイヌを含めた子供たちに教育を行います。なかには大人も含まれていました。江戸時代の日本の識字率の高さは広く知られるところですが、明治期の一般農民の識字率はそれほど高くなかったのでは、と想像されます。

したがって、将来も不安定な開拓農民たちに対して読み書きの場が与えられたという事実は、極めて異例だったといえるのではないでしょうか。

なお、史実を紐解くと、渡辺カネは北海道の地における教育に多大な貢献をしたと記されています。そして、1945年12月にオベリベリの地で死去します。明治維新から第二次世界大戦まで激動の時代を生きながら、北海道開拓という行く先の見えにくい人生を歩んだ最期は、どのような気持ちだったのでしょうか。

実は、私の祖父の祖母も武家出身で変動の時代を迎えた明治の女性だったと家族から聞きました。彼女は第二次世界大戦が激化する前に亡くなったのですが、しっかり者で強さを感じさせる女性だったと祖父が話していました。

本作を読み、カネという人物の人生が間接的に私にも及んでいるような気がして、なんとも言えず嬉しい気持ちになりました。実在の出来事を元にした小説ですし、先達が現在の日本に与えた影響を知るという意味でも、実りの多い一冊だと思います。是非、手にとってお読みください。

関連書籍

  • 乃南アサ『凍える牙』(新潮社):乃南アサ氏の直木賞受賞作品です。シリーズ化もされており、まさに作者の代表作品といえるでしょう。

  • 前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社):蝗害についての理解が進む、バッタを愛する研究者のアフリカ滞在エッセイ。堅苦しい感じは一切ありません。ただひたすらに面白おかしく、読ませてくれます。2018年新書大賞 (中央公論)、第71回毎日出版文化賞特別賞、第14回絲山賞受賞。

  • 吉村昭『羆嵐』(新潮社):獣という点において、北の大地の厳しさを知るならこの一冊。日本史上最大の獣害といわれる北海道三毛別羆事件を題材に、吉村昭氏が小説化。凄惨な被害状況、雪降る闇夜にまぎれる不気味な羆の気配に甚だ恐ろしい気持ちにさせられます。特に寒い夜に読むのはおすすめしません。淡々としながらも遺族や討伐隊、近隣村民の心の動きが臨場感たっぷり。なお、解説は倉本聰さんです。

  • 萱野茂(著)、どいかや(イラスト)『ひまなこなべ アイヌのむかしばなし』(あすなろ書房):アイヌの昔話をどいかや氏の素朴で柔らかなタッチで描く絵本。アイヌで受け継がれていた「羆送り(イオマンテ)」という、熊の神様を送る儀式について書かれています。

最後までお読みいただき有り難うございました!


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