動物と暮らすというのは、心が安らぐものです。私は、生まれたときから先代犬のシーズーとの生活を開始し、その後いろいろな犬との出会いと別れを経験しながらも、長い時間を犬と過ごしてきました。
今回ご紹介するのは、第163回直木賞受賞作「少年と犬」です。この本を読んでいると、著者は本当に犬に深い愛情を注いでいるのだなと感じるばかりです。コロナ禍の初年度2020年夏に直木賞を受賞したという点も、人々の孤独を癒す存在として犬が世の中にしっかりと認識されていることを示唆しているのではないでしょうか。
それでは、本作の概要と読みどころを見ていきましょう。
こんな方にオススメ
- とにかく犬を愛している
- 生きづらさを感じる人々に寄り添いたい
- 感動的な小説が読みたい
ある犬を巡る連作短編集
本作は、6つの物語からなる連作短編集です。いずれも初出は月刊誌「オール讀物」で、その掲載月は以下のとおりです。
・男と犬 二〇一八年一月号
・泥棒と犬 二〇一八年四月号
・夫婦と犬 二〇一八年七月号
・娼婦と犬 二〇一九年一月号
・老人と犬 二〇二〇年一月号
・少年と犬 二〇一七年十月号
これらの物語はすべて連関しあっており、ある犬をめぐってさまざまな登場人物の人生が展開されていきます。
さて、お気づきでしょうか?実は、月刊誌「オール讀物」への掲載順と、書籍化時の収録順が異なるのです。なぜこの順番となっているのかは、最後まで読み通すことで明らかになります。
月刊誌読者と書籍読者で別の読み方ができる、ともいえるでしょう。
最終話「少年と犬」は本作のラストを飾る物語であり、書籍化時のタイトルでもあります。よって、書籍の収録順に則って読む場合には、映画のようにクライマックスに向かっていく流れを体感できますし、月刊誌の掲載順に則って読む場合には、種明かしの要素を踏まえて物語を追うことができるでしょう。
未読の方は、まずどちらの順番で読み進めていくか、事前に考えてみるのも一興ではと思います。
犬と人間の関係性
物語のすべてに登場するのは、和犬とシェパードの雑種のような見た目の犬です。とても利口で、人間たちの考えていることをどこか見透かしているようでもあります。この犬と過ごす人々はみなどこかに寂しさを抱えていてーー。
どの登場人物もなにかしらの事情を抱えており、心の中に孤独が潜んでいます。そんな状態のときに犬が人々に与える影響は大きく、救いを与えてくれます。
声をかけてくれるわけではない。話にうなずいてくれるわけでもない。
引用元:馳星周『少年と犬』(文藝春秋)「夫婦と犬」
ただ、そこにいる。それだけで救われた思いがするのはなぜだろう。
「あんたたちの魔法って、人を笑顔にするだけじゃないんだね。そばにいるだけで、人に勇気と愛をくれるんだ」
引用元:馳星周『少年と犬』(文藝春秋)「娼婦と犬」
私自身、犬を飼っているのでこの感覚はとてもよく理解できます。人間に対して、言葉ではなく態度で感情を伝え、癒しを与えてくれるということなのでしょう。ここにアニマルセラピーの真髄を見たように思います。
なお、知人からは「夫婦喧嘩の際に犬が心配そうな顔で眺めてくる」という話も聞きました。犬の方でも、人間の言葉は理解できないけれど感情は伝わっている、ということなのでしょう。
他に、犬の行動を人間が心の中で言葉に変換するというシーンも出てきます。(以下、多聞というのは犬の名前です)
首を巡らせ、多聞に声をかけた。多聞が和正を見た。自信に満ちた目が、だいじょうぶだから落ち着けと言っているように思えた。
引用元:馳星周『少年と犬』(文藝春秋)「男と犬」
これも犬好きには実感が伴う場面でしょう。私も家族に犬のことを報告するときに、「今日は天気がよくて散歩が気持ちよかった、って言ってる」などと、さぞ人間の言葉を話していたかのように伝えてしまうことがあります。
犬が向かう先は?
さて、本作のラストに向けて押さえておきたいのは、「犬が、ここではないどこか別の場所を目指している」という点です。その旅の途中にさまざまな人との出会いと別れがあるということです。
各話で衝撃的な結末と別れが描かれ、それだけでも一つ一つの物語に際立った構成力が認められるのですが、ラストの「少年と犬」でこの事実が明らかとなった後は、もう大変です。私は号泣してしまいました…。
犬と人間の絆に深く感動し、涙を抑えられませんでした。犬を愛する人には耐えられないような美しさがそこにあります。
そして、書籍の最初から読み進めた方は、読み終えた後にもう一度最初から読み直したいと思うことでしょう。結末を知ったうえで種明かしを楽しむという、月刊誌掲載時の流れで読むということです。
関連書籍
- 東山彰良『流』(講談社):祖父はなぜ殺されたのか?台湾が舞台ということで、人名地名に馴染みが無く読みこなせるか不安があるかもしれませんが、混乱せずに読めると思います。小説の世界にぐいぐい引き込まれる、第153回直木賞受賞作。
- 荻原浩『海の見える理髪店』(集英社):家族に纏わる短編集6編です。どれも身近にある題材ですが、家族の愛情について考えさせられます。温かく切ない。第155回直木賞受賞作です。
- 真藤順丈『宝島』(講談社):1972年の沖縄本土返還に至る20年間を舞台に描いた大作。戦果アギヤーの英雄オンちゃんの行方は?恋人、親友、弟が過ごした見出だした真実とは?第二次大末期の沖縄戦、戦果アギヤー、沖縄ヤクザ、米兵事件。「第二部 悪霊の踊るシマ」は読んでいてツラい部分もあるのですが、基地問題を含めて、沖縄を巡る報道に対する感度は高まったような気がします。第9回山田風太郎賞、160回直木賞、第5回沖縄書店大賞受賞。
最後までお読みいただき有り難うございました!
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