2010年代後半からにわかに広がった韓国エッセイ。韓国との交流はK-POPやアニメ・漫画などの分野で特に顕著ですが、特に若い世代において日本と韓国の関係が変わってきたことを実感させられます。
さて、今回は大ブームとなった『死にたいけどトッポッキは食べたい』の続編をご紹介します。前著からのその後が描かれており、著者ペク・セヒ氏の体調が改善しつつあることを伺い知ることができます。
前著の紹介記事はこちらです↓
『死にたいけどトッポッキは食べたい』を読んだ後は、是非続編も手に取っていただけたらと思います。そこに示された著者の振り返りから、こころを病んでいる方の心境の変化や、カウンセリングを行うことで得られる効果について考えさせられることでしょう。
それでは、さっそく内容を見ていきましょう!
こんな方にオススメ
- 気分変調症(軽度のうつ病)に悩む方
- カウンセリングを勉強中の方
- 韓国エッセイに関心がある方
ベストセラーの続編!相談者による逐語記録
冒頭でお伝えしたとおり、本書は『死にたいけどトッポッキは食べたい』の続編です。
著者は1990年、韓国・ソウル生まれの女性。10年以上、気分変調症(軽度のうつ病)と不安障害を持ち、薬物治療と相談治療を受けています。この相談治療を著者自身が文字起こししたのが前著です。
本作では、そんな著者が前著に引き続き治療経過を文字起こしし、自分自身を振り返る一連のプロセスが記されています。
前著の紹介記事はこちら↓
前著の紹介記事でも書きましたが、この相談者自身がカウンセリングの流れを文字起こしするというのが、本書の最も特徴的な点です。心理カウンセリングを少し勉強したことがある方は聞いたことがあるかもしれません、これはカウンセラーが行う「逐語記録」に相当する営みといえるでしょう。
カウンセラーが行う記録という行為については、以下のような効果があると言われています。
最後に、心理学的次元において、カウンセリングの記録は、その効果を左右する実質的な機能というぐらいの意味をもつ。(中略)記録を書くことで、記録を書いている「私」と面接中の「私」との間に差異が生じ、記録を書いている「私」は、面接中の「私」と内的に対話しつつ、それとは異なる展望点をもつことができる(藤山、2003)。
引用元:大山泰宏『心理カウンセリング序説: 心理学的支援法(放送大学教材)』(放送大学教育振興会)
これはカウンセラー目線で記されたカウンセリングの効果ですが、相談者であるクライアント自身が記録した場合にも大なり小なり同様の効果がもたらされるものと考えられます。
体調がよくなっていく
前著を読んでいた時と比べると、かなり著者の体調が改善しつつあることが分かります。
たとえば、好きな女性作家とリアルで会った出来事をきっかけに、初対面の相手と会話すると疲れることがあることに気づき「なぜ私は自分にとってさほど重要でない人に対して、必要以上に気を使うのか」というテーマで考えを深めていく話。
今回感じたのは、私の優しさはとても長い時間をかけて学習されたということだ。幼い頃からおとなしくしろと言われ、他人には親切にするものだと思っていた。憎まれたくなかったし、いじめられるのが本当に怖かったから。
引用元:ペク・セヒ(著)、山口ミル(翻訳)『死にたいけどトッポッキは食べたい 2』(光文社)
でも今は、人に優しくふるまった日は、家に帰って倒れ込んでしまう。疲労感から抜け出せなくなる。私は誰かに憎まれるとか、好意を持たれないことへの恐怖、そのことにずっと縛られていたし、おそらく今後もそうなのだろう。でも、自由になりたい。誰からも好かれなくてもいい、悪口を言われてもいい、完全に一人ぼっちになってもいいから、この殻を脱ぎ捨ててしまいたい。
ここでは、「疲れる」という事実に呑み込まれずに、また、自分を悲観の沼に引きずりこむことなく、自分自身の願望に向き合う姿が示されています。過去を振り返りながらも、未来視点で思考を深めている点で、精神的な状態が安定し始めていることが伺えるのです。
現在、こころの不調を感じていない方でも、初対面の方と出会う機会に緊張を感じる方は少なくないのではと思います。そして、周囲になんとなく気を遣って生きているという方は、著者の考えにハッとさせられる点があるかもしれません。
私はこの部分を読んでいて、DREAM STATEというバンドの『change』という曲を思い出しました。以下、JOYSOUNDから引用した歌詞と拙訳(ChatGPTの回答も参考にしました)を掲載します。
I've spent too long trying to please everyone
ずいぶん長い間、みんなを喜ばせようと過ごしてきた
It's time I got selfish and did something
今こそ、自分のために何かすべきときなんだ
Don't need your opinions, can't hear your objections
君の意見はいらないし、反対意見も聞こえない
Like it or not, this is who I am
好きか嫌いかは関係ない、これが僕なんだよ
引用元:JOYSOUND - Change/DREAM STATE
この曲はアジカン(ASIAN KUNG-FU GENERATION)のコンピレーションアルバムに収録されていたことで知ったのですが、当時若かった私にはとても共感できる曲で、とても印象に残ったのでした。
つい周囲に気を遣ってしまうというのは東洋的な価値観なのではと思いこんでいましたが、このような歌詞が英語で歌われているのを見るに、世界の至るところで同じような悩みを持つ人がいるということなのでしょう。
そして曲名にあるように、このような気付きこそが『change』(変化)であり、一歩を踏み出すことに繋がるのだと思われます。
収録されているコンピレーションアルバムはこちら↓
なお、バンドの公式YouTubeチャンネルでこの曲を聴くことができます。
こころを病んでいる方に寄り添う一冊
さらには、本人のデフォルトの状態が「しんどい」から「大丈夫」へと変化していきます。
先生に話したように、以前には「あ、今日はわりと大丈夫だ。今日の私はちょっといいかも」と感じていたのが、最近は「あ、今日はしんどい。今日の私はちょっとダメかも」と感じるようになった。支配的だった感情が逆になった。
引用元:ペク・セヒ(著)、山口ミル(翻訳)『死にたいけどトッポッキは食べたい 2』(光文社)
自分や自分の大切な方が発する言葉はどちらの方が多いでしょうか? このように、見過ごされがちな言葉遣いから、こころの状態を推し量ることができるというのは、不思議なものです。
本書の「おわりに」で、著者は以下のように語ります。
誰かにとってはつまらない話が、誰かにとっては慰めになると信じてやってきた。(中略)
引用元:ペク・セヒ(著)、山口ミル(翻訳)『死にたいけどトッポッキは食べたい 2』(光文社)
心が病んでいる人々が、呼吸をするように普通に病院を訪れ、それでどんな不利益をこうむることなく、また周辺の人々はそれをやる気の問題と思わずに、心の傷も目に見える傷と同じ重さで考えられる日が来ればいいなと思っている。
著者の個人的な体験を通した考えをカウンセラーに話した内容なので、実際、すべての方が共感できる内容ではないのでしょう。しかしながら、本書を読むことで救いのようなものを感じる方もいるはずです。
周囲に体調を崩している方がいた場合に、その方の心境を理解する助けになるかもしれません。このため、私は本書のように自分の治療経過を書籍という形で公開した著者に敬意を抱きます。
関連書籍
- ペク・セヒ(著)、山口ミル(翻訳)『死にたいけどトッポッキは食べたい』(光文社):今回ご紹介した本の前著です。文芸創作学科を卒業し、出版社での勤務経験がある著者の個性を感じる散文集も収録されています。別記事にて書評を掲載しています。
- キムスヒョン(著)、吉川南(翻訳)『私は私のままで生きることにした』(ワニブックス):2022年1月時点で韓国で113万部突破のベストセラーエッセイ。日本でも52万部突破です。韓国も日本に負けず劣らず、いやそれ以上に生きにくい社会なんだなと感じてしまいます。周囲との協調を大切にして、結果的に個人を蔑ろにしてしまいがちな点は、東洋ならではの文化なのかもしれません。 別記事にて書評を掲載しています。
- ハ・ワン(著)、岡崎暢子(翻訳)『あやうく一生懸命生きるところだった』(ダイヤモンド社):『私は私のままで生きることにした』と同様、コロナ禍に限らずこれまでどこか閉塞感を抱いてきた方に読んでもらいたい一冊。 こちらも別記事にて書評を掲載しています。
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