近年、社会的に大きな事件を起こした被告の経歴が、マスメディアによって広く報道されるようになりました。
なかでも、社会との関わりが希薄な「引きこもり」に関する事件が相次いで発生した2019年(川崎市登戸通り魔事件、元農水事務次官長男殺害事件)は、「引きこもり」=暴力事件、という構図を印象づけたのではないでしょうか。
本書は、25年以上の実績がある引きこもり支援団体「認定NPO法人ニュースタート事務局」の広報、および支援開始前に行う親御さんとの個別面談の担当者として活動する、久世芽亜里氏による本。
支援の現場から見える、現代における引きこもりの実態と業界の全体像、そして支援の今後について迫っていきます。
こんな方にオススメ
- 引きこもりという社会問題の実体を知りたい
- 引きこもり支援の業界で働いている
- 家族が引きこもりだ
コンビニに行ける引きこもりは多い
まずは、タイトルから見ていきましょう。
『コンビニは通える引きこもりたち』
ここで、違和感を抱く方は多いのではないでしょうか?
私は、
「引きこもりというくらいだから、自分の部屋に引きこもっていて
一歩も家から出ないに違いない」と想像していました。
そんな方にとって、本書の第1章の最初に登場する事例は衝撃的です。
アキラ君(仮名)は現在22歳。小さい頃から人間関係が苦手で、友人があまりいないタイプでした。大学に入って間もなく不登校になり、そのまま中退。その後何もしないまま、3年が過ぎています。両親は働いているので、日中は家で1人。昼頃に起きて、家にあるものを食べながら、リビングでテレビなどを見ています。
引用元:久世芽亜里『コンビニは通える引きこもりたち』(新潮社)
(中略)
バイトしてみたらと親には言われるのですが、一度も働いた経験がなく、応募する勇気も出ません。週に何度かは近所のコンビニに行き、もらっている小遣いでお菓子や飲み物を買います。たまに電車に乗って、少し遠くまで服などを買いに行くこともあります。年に2、3回は、好きなアイドルのコンサートに出かけます。
著者いわく、これはよくある引きこもりの生活だということです。
実際、内閣府が発表した引きこもり調査では、「趣味の用事のときだけ外出する」が15~39歳で67.3%(2016年調査)、40~64歳で40.4%(2019年調査)。「近所のコンビニなどには出かける」が15~39歳で22.4%(2016年調査)、40~64歳で44.7%(2019年調査)。
つまり、調査年や世代によって多少の違いはあれども、なんと全体の8割から9割の引きこもりが外出しているのです。
他にも、大学へ進学してバイト経験もある引きこもりや、10年間も会社での勤続経験がある引きこもりなどいろいろな事例が出てきます。
多くの人の頭の中では、中学・高校で不登校になって以降、引きこもってしまうケースが多い、と思っているのではないでしょうか。この前提で本書を読み進めると、その実態に驚く点が多いことと思います。
なかでも、私が驚いたのは女性の引きこもりに深刻なケースが多い、という指摘です。著者の現場では女性の引きこもりの割合は2割程度のようで、以下のような推察が示されています。
なぜ、女性の引きこもりはたった2割しかいないのに、その2割に大変なケースが多いのか。女性の方が順応性が高く、実際に女性の引きこもりが少ない可能性はあります。ですがそれでも、2割は少なすぎるように思えます。
引用元:久世芽亜里『コンビニは通える引きこもりたち』(新潮社)
ここからは仮説ですが、実は「家事手伝い」が関係している可能性があります。内閣府の調査でも、就労状況についての問いに「専業主婦・主夫」や「家事手伝い」と回答した人は、引きこもりに含めていないのです。男性なら軽い引きこもりと呼ばれるようなケースも、女性だと家事手伝いと見なされ、家族もさほど問題視せず相談もしないのではないでしょうか。
元々女性の引きこもりが少ないことと、「家事手伝い」という呼び名。この2つの要素があいまって、女性は調査上約3割となり、実際の相談も2割に留まるのではないでしょうか。ですがこれは、「隠れ引きこもり」とも呼べる女性が実はたくさんいる可能性を示唆しています。
これまで伝統的に受け継がれてきた性役割の文化が引きこもりに影響しているのかもしれない、と考えると、世間でよく聞かれる「自己責任論」の危うさもを感じますね。
引きこもりは暴力事件を起こすのか?
本記事の冒頭でお伝えした社会的な事件と引きこもりとの関係性については、筆者は次のように述べています。
親兄弟への暴力と他人への暴力は、全くの別物です。親への暴力は甘えが根底にあります。兄弟への暴力は、兄弟自身に何かされたという直接の恨みの場合もありますが、親へのアピールや幼少期に比べられたなど、甘えと家族間のゆがみから来るものの方が多いでしょう。どちらの場合も無差別の攻撃性は持ち合わせておらず、他人に暴力が向かうことはありません。親へ暴力をふるう人が他人への暴力事件を起こすとは、ほぼ考えられないのです。
引用元:久世芽亜里『コンビニは通える引きこもりたち』(新潮社)
(中略)
普通に社会生活を送っている人の中にも、他人への攻撃性を持っている人はいます。「引きこもりが事件を起こす確率が高い」とは、全く思えません。一般より低い、または高く見積もってもせいぜい同じ確率だと思います。
英米など他国においては、子どもが実家にいつまでもいて経済的な援助も受けられるというのは一般的ではないでしょう。たとえば、大学に進学した場合には授業料は学生が自分でローンを組みます。また、仮に仕事を失った場合には、実家へ戻るのではなくいわゆるホームレスへの道に繋がる、という危機感があることでしょう。
経済的に自立できていなくても、社会で自分の居場所がなくなってしまっても、実家へ帰ることができるというのは「甘え」と呼ぶことができるのかもしれません。
前述の女性の引きこもりとも関連しますが、私も大学卒業を目前に控えた頃、内々定をまだ得ていない友人が「父親がしばらく家事手伝いでもいいんじゃないかって言ってるんだよね」と話していたのを思い出します。
こうした選択の善し悪しは人によって判断の分かれるところでしょうが、少なくともこの話からは、日本という国では卒業後すぐに進学・就職しなくても両親がその状況を認め、実家で暮らし続けることができる、ということなのでしょう。
家族をひらく
「ニュースタートの基本理念は『家族をひらく』です」
引用元:久世芽亜里『コンビニは通える引きこもりたち』(新潮社)
「家族をひらきましょう、第三者を入れましょう」
著者の属する認定NPO法人ニュースタート事務局は、悩みを抱える日本の若者をイタリアに送るプロジェクトから始まっています。このとき、イタリア側のメンバーからは次のような言葉を受けたとのこと。
イタリア側メンバーの言葉は簡潔でした。彼らは、「子どもを育てるのに、2人の親だけでは足りない」と、当たり前のように言うのです。だから家族をひらいて、他社を入れるべきだ、と。この「家族をひらく」は、日本の引きこもり問題にはうってつけでした。家族で問題を抱え込み、外に助けを求めない、恥とすら思う親が大半だったからです。
引用元:久世芽亜里『コンビニは通える引きこもりたち』(新潮社)
思えば、イタリアも家族主義的な傾向があり、大家族で暮らしています。コロナ禍が始まってすぐの頃は、そのスキンシップの多さも相まって、孫から祖父母へウィルス感染するなど、被害が拡大した様子もよく知られるところですよね。
「子どもを育てるのに、2人の親だけでは足りない」。この言葉の重みが伝わってきます。
そして、認定NPO法人ニュースタート事務局は「家族をひらく」ために、親の覚悟を確かめたうえで支援開始する方針を採用しています。
親の強い決断を求める理由は、私たちの支援の考え方ややり方にも関係しています。(中略)まず親が本格的に「家族をひらく」ことを決断してもらう必要があるのです。
引用元:久世芽亜里『コンビニは通える引きこもりたち』(新潮社)
こうしたやり方は親の覚悟が必須ではあるけれど、支援団体の方でも「相応の覚悟を持って取り組んでいる」「生半可な気持ちで事業化しているのではない」ということが伝わってきて、心を動かされてしまいました。
人生は仕事だけではない
最後に、認定NPO法人ニュースタート事務局の就労支援の考え方にも触れておきましょう。
私たちが目指すのは、就労支援ではありません。もちろん一人暮らしで自活していくことが卒業ですから、就労も目的の一部ではあります。でも大切なのは、いかに「その人らしく生きていけるか」だと思っています。寮のテーマは、「仲間・働き・役立ち」です。働きは3分の1にしか過ぎません。
引用元:久世芽亜里『コンビニは通える引きこもりたち』(新潮社)
(中略)
ですから寮生には、寮で仲間を作り、承認欲求を満たす場所も別に持ち、仕事は「食い扶持を稼ぐもの」と割り切るように、と伝えます。こう伝えると、仕事にあまり期待しない分、格段に仕事が継続しやすくなります。この「仲間・働き・役立ち」という、仕事の割合を小さくした概念を覚えてもらい、できれば3つ全てを持って卒業してもらうことが望ましい、と考えています。
私は、こうした考え方に大いに共感します。ワーク・ライフ・バランスや働き方改革という取り組みが進みつつあるなかで思うのは、やはり仕事一辺倒では、人生のリスクヘッジが効かないということです。
- AI活用などによるパラダイムシフトによって突如仕事を失うことになったら…
- 家事・育児・介護を担当してくれていた妻が動けない状況になったら…
- 定年退職後に職場以外の人と関わりがないことに気づいてしまったら…
仕事だけの人生というのは、意外とリスクだらけなのかもしれません。
諸説ありますが、「働く」の語源は「はた(傍)をらく(楽)にする」とも言われています。
つまり、自分の近くにいる人(傍)を楽にしてあげる、ということです。こうして考えると、認定NPO法人ニュースタート事務局が掲げる3つの要素のうち、「仲間」+「役立ち」の2つを組み合わせて「はたらく」ということが可能でしょう。
引きこもり問題だけでなく、仕事観も深められる良書でした。
関連書籍
- 斎藤環『中高年ひきこもり』(幻冬舎):かつて、ひきこもりといえば若者の問題と考えられていましたが、現在では40代以上のひきこもりも珍しくはありません。こちらの書籍は、別記事でも紹介しています。もしよろしければ併せてご覧ください。
- ハ・ワン『あやうく一生懸命生きるところだった』(ダイヤモンド社):一生懸命に頑張って生きる姿は美しいものですが、そうした生き方がすべてではありません。こちらの書籍は、別記事でも紹介しています。もしよろしければ併せてご覧ください。
- pha『ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法』(技術評論社):日本一有名なニートとなった、京都大学出身phaさんの記念すべき1冊目。働きたくない、だるい、などなどニートならではの言葉が多いですが、内容は結構哲学的で考えさせられます。
- レンタルなんもしない人『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』(晶文社):ドラマ化もした、「なんもしない」というサービスを開始した著者のエッセイ。なんもしない、しかも簡単な受け答え以外は対応しない前提なのに、交通費や報酬は頂くという形式です。
- レンタルなんもしない人『〈レンタルなんもしない人〉というサービスをはじめます。: スペックゼロでお金と仕事と人間関係をめぐって考えたこと』(河出書房新社):一種の業者感さえ漂う「レンタルなんもしない人」。こちらの本は著者の哲学がゆるく書かれています。勿論、「なんもしない方」という趣旨を貫き、文章はライターさんが書いています。
最後までお読みいただき有り難うございました!
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