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【書評】日本人の生き方を世代別に読み解く!橋本治晩年の「草薙の剣」を読む

【書評】橋本治『草薙の剣』(新潮社) 書評

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」

時代の流れに合わせて、人々の生活様式や考え方は移り変わってゆくものです。しかし一方で、変わらぬ事実もあるのでしょう。日本の歴史について、色々と考えさせられる小説に出会いました。今回は、『桃尻娘』(講談社)などの作品でよく知られる橋本治氏が、作家デビュー40周年記念として著した長編小説をご紹介します。

本作は第71回野間文芸賞を受賞するなど輝かしい評価を得ました。しかし、残念ながら作者の橋本氏は本書出版から約1年後に逝去しております。人間を見つめ続けた橋本氏が晩年に到達した日本人の人生観とは何か。そうしたことも思い巡らせつつ、読み進めていきましょう。

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家族間のコミュニケーション

日本人は口下手な印象があります。以下の1963年頃の嫁姑間のわだかまりについての記述がわかりやすいです。

 嫁は、姑の助言に従って後日同じ料理を作り直す。食卓に上せて「どうですか?」と尋ねるが、姑は「そうね」と言ったきり答えない。姑に悪気はない。うっかりしたことを言って嫁の料理をけなすことを恐れていて、嫁はそれ以上なにも言ってくれない姑の前で身を強張らせる。小さなわだかまりが少しずつ溜まって行った。

引用元:橋本治『草薙の剣』(新潮社)

現代でも、お互いを慮るこころが却って穏やかではない間柄を築く一因になっていることが多々あります。「男は黙って」「女は控え目に」「不言実行」といった、思いを口にしないことを美徳として捉えてきた文化があることは無視できないでしょう。一方で、言葉にしなくても相手の考えを先回りして配慮する能力が比較的高いお国柄であることも見過ごせない事実です。コミュニケーションのバランスのとり方は、難しいものですね。

昭和の終わりの感じ方

2019年、平成が終わり新しい時代の幕開けが予定されています。かつて昭和から平成への移り変わり(1989年)の時には、人々はどのような印象を受けたのでしょうか。世代により感じ方が大きく異なっていたようです。

「終わってしまった時代」を象徴するような人達の訃報に接して、過去の時代を知る人は、「あ――」という一声を漏らす。しかし、その年十六歳になる常生には、そのような「過去」がまだなかった。三年前、中学入試に合格した時、一家は新しいマンションに移った。そのことの方が常生にとっては、「昭和が終わった」ということ以上の大変化だった。

引用元:橋本治『草薙の剣』(新潮社)

当時、昭和を代表する漫画家である手塚治虫、歌手の美空ひばりが相次いでその生涯を終えた時代でもあります。このとき10代後半だった主人公の一人、常生にとっては自身の住環境の変化の方が大きな関心事でした。

2019年4月に行われた平成から令和への移行についても、当時を生きる若者にとってはあまり意識に上りにくい事柄だったのかもしれません。かつ、本書出版時の2018年時点では、2020年に開催される予定の東京五輪(皆さんご承知のとおり、新型コロナウィルス感染症の影響を受け2021年に延期されました)も大きなイベントでしたし、実際こちらの方が大きく報道されていたような印象があります。

女性の社会進出と性役割の葛藤

最近は、かつての時代と異なり女性の社会進出が盛んになりました。以下は、2007年頃のある夫婦間での出来事です。現在も引き続き、男性と女性の家庭での役割はあいまいな状態となっているように思います。いかがでしょうか。

 それからしばらくして、凡生の父は会社に配置換えの異動を申し出た。
 妻に対して「まだ子供が小さいんだから、少しは仕事をセーブしろよ」と言いたい気が彼にはあるが、それは言えない。言えば、「育児を私一人に押し付けるの!」と罵声を浴びせられる。もちろん、凡生の父親にそんなつもりはない。だから保育園へ迎えに行く役目を引き受けた。「送り迎えの両方をやろうか?」とも言ったが、「自分は育児をしている」と主張したい妻はそれに従わない。

引用元:橋本治『草薙の剣』(新潮社)

現代では共働き夫婦が増え、「仕事は男性が担うものである」という観念は薄れつつあります。一方、「家事・育児は女性がしなければならない」という観念は男女ともに生き続けているような気がします。特に女性にとっては、強迫観念じみたものとして存在している可能性があります。

時代の変化に合わせて互いの役割を柔軟にしていきたい思いはありながらも、そうできない実態がある。これは社会的な課題だと思います。

関連書籍

  • 橋本治『桃尻娘』(講談社):橋本治氏のデビュー作です。

  • エリン・メイヤー『異文化理解力 相手と自分の真意がわかるビジネスパーソン必須の教養』(英治出版):国によって異なるコミュニケーション文化を論じる一冊。

最後まで読んでいただき有難うございました!


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